売却物件 四駆の軽トラ。車検満タン、すぐ乗れます。 

 古物商でもある焚き火屋売却物件、四駆軽トラ・三菱ミニキャブトラック4WD VX スペシャルエディション(V-U42T)。値札を下げ道っ端に展示しても良いのだが、それではつまらないので、当欄を介した競売形式にしてみようと考えた。

売却物件 ミニキャブ4WD 20180502-01

 希望購入価格と、この車輌を希望する理由(例:「農業の足に使いたい」「ミニキャブ大好き!」「雪国なので軽トラ四駆じゃないとダメ」など。文字数無制限)をご記入の上、当ウェブログ・コメント欄、郵便(〒355-0316 埼玉県比企郡小川町角山197-5)、Fax.(0493-72-8188)、Mail(takibiya@gmail.com)のいずれかで札を入れて下さい。
 配点率は、金額40:理由60です。単純に額が大きい方が落札するとは限らず、熱い想いが伝わって来れば最低入札額スレスレでのご落札もあり得ます。
 「いくらで売れるか」よりも、「どう生かされるか」が重要である価値観は、当欄読者であればご存じでしょう。
 最低入札価格は1×万円~。入札期間は、当欄公開時~平成30年5月12日1200時。ただし、期間中に満点入札者が出た時点で早期終了(当欄にて報告)とします。
 現車確認や試乗を希望される場合は、090-2562-1374にてご予約下さい。細部画像をご希望の方は、その旨をお知らせ下さい。JPG形式でのみ対応致します。当該車輌に関するデータは、下記の通りです。

 さっさと売っ払っちめェばいーのに、面倒くせーことやってやがンなぁ・・・。

売却物件 ミニキャブ4WD 20180502-02

◆三菱 ミニキャブトラック4WD VX スペシャルエディション◆
・型式:V-U42T/・年式:平成10年/・走行距離:8.8万km/・エンジン型式:3G83/・駆動系:5速M/T パートタイム4WD/・サスペンション:前ストラット、後リーフリジッド/・車検満了日:平成32年4月25日/引渡条件:現状優先
細部点検項目:年式にしては良好な外観/車体各部に小さな傷や凹みあり/荷台に複数の凹みあり/タイヤ0~2分山(種類によりますが+2万円~で新品に交換します)/修理歴不明/パワステ付き/エアコン付き(作動確認済み)/運転席座面に破れあり/アンテナ破損/タイミングベルトは未交換?(+ん万円で交換します)/名義変更に関しては応談/支払いは現金一括が前提/クレーム&返品不可/

売却物件 ミニキャブ4WD 20180502-03

※お買い得かボッタクリかは、各自でご判断願います。

お知恵を。 

 今、いい波が来ている。そして、めまぐるしく頭が回っている。くるくる・・・ぱーーー。

 以前に当欄で呼びかけたKS4用EV07型発動機(気化器式)は、まだ見つからず。その代わりに、後継TT過給器付きEN07発動機(電子制御噴射式)を車体ごと掘り出しちまった。

 どうしよう。KSの車台にTT発動機って移植可能なのか?? TTEN07を気化器式にするか、KSの車台に配線を敷き変えるか。
 これが出来たら、史上最強軽トラ(後方差動器固定可能)が、更に高みへと行く。見た目はあくまで標準で。

お知恵を。20180414-02
▲店頭渡しで史上最強CCV基準)の軽トラ。現在心肺停止状態で移植臓器待ち状態。一般的に「農道のポルシェ」と呼ばれるが、四駆愛好家なら「和製ハフリンガー」と呼ぶ。これに過給器付き発動機を載せたら、さぞ面白かろう。私が現役だったら、さくさく企画を進めていたはず。誰か取材しませんか? 即応予備役記者&撮影者は手配済みです。


 どなたかお知恵を貸して下さい。

 この際だから、OD(陸軍)かBD(海軍)仕様に塗り替えようかな? 塗料あるかな? 絹抜き文字機材、あるかな??

23年前へ。 

 このところ終日プラス1~3で過ごす安全日、じゃない安定日。

 2階の書庫・秘宝館で両親の遺品をちょこっと整理し、1階の仕事場に戻ったところ、ふと脇卓上にほこりを被ったボロいB5判ノートが出ていることに目が行った。表書きがない。
「なんや? こいは。どこから出て来たと?」

23年前へ。 20180314-01

 パラパラめくると、斜3を掛けたようなクセのある自分の字がびっしり。
「うわ、懐かしい! 仕事用の取材ノートじゃん」
 略記も多く、書いた本人は別として当時の四駆事情をよく知る人でないと解読不能だろう。
 日付を見ると、平成7年(1995年)5月から約1年間の取材メモや下書き原稿、撮影記録(シャッター速度、絞り、補正値)などなど。ページをめくるたびに、懐かしいキーワードが出て来て、23年前の記憶が蘇る。

23年前へ。 20180314-02
23年前へ。 20180314-03
▲今では積雪地での足として普及している三角型の4輪履帯(クローラー、一般的な呼称である「キャタピラ」は登録商標)の公道仕様が開発されたのがこの時期。高峰温泉(長野県小諸市)所有のMuウイザードが第1号車だった。四駆ショップの裏に捨ててあるノーマルパーツを集めて読者プレゼントにしたのもこの頃。BS-JS、M-XZL6.50、TOYOノマデ、ヨコハマ痔を乱打、4×4E/S カンチャレ、APIO T-WIN・R-WIN のび太540、IMPS ラテピロ、モンロー ガスマグ、H55F+4.556、J57ビキニ、神戸MP & MR→オフタニ、ORS 9509、本文18w×43L…。当時精神科を受診していたら、躁病の多動多考症状と診断されたかも。



 そうそう、メモを録る習慣がなかった私がこうした備忘録をつけ始めたのは、CCV誌を含め複数の四駆雑誌取材が増えた上、カミさん(当時)の胎内に新しい命が宿ったと知り、仕事も生活も忙しく充実し、メモを残さないと依頼原稿を正しく書けないほどになったから。思い返せば、一番脂が乗ってた時期ではなかろうか。
 こんな時代があったのか。20年後は薪屋をやってるなんて、考えもしなかった。働き過ぎると鬱になる一例か。

 で、懐かしさに浸るあまり就寝時間も忘れてしまいましたとさ。片付けられない人の典型だね。

求む、産婆の心臓。 

 山仕事や薪屋仕事に役立てようと、Mideife 6号こと平成5年式スバル サンバー4WD営農仕様(KS4改)を入手したのは昨年秋のこと。
 調子良く活躍してくれ、少しずつ手を加え焚き火屋仕様にして行く構想を錬っていたところ、搭載しているEN07エンジンにありがちなオイル滲みがオイル漏れへと発展。まぁ25年落ちで7万kmを超えているから仕方ねーやと、いつもお世話になっている整備工場に預け、ついでにタイミングベルトも交換。
 しかし、今度は別の箇所からオイルが漏れ始める。「錆止めだいね」とか、サニタリー用品を巻き「多い日も安心」などと冗談を言ってる場合ではなくなった。低回転域なら問題ないが、吹かすと煙が少々。あちゃー、オイル食ってるよ。
 更に症状は悪化し、とうとうアイドリングで油圧警告灯がチカチカ状態。オイルを補充しても変わらず、少し回転を上げれば警告灯が消える。馬力もトルクもガタ落ちで、明らかな圧縮低下。オイルリングか? それともシリンダーブロックか? いずれにしても最悪だな。
 再びドックに入れ、1時間後に社長から入電。「コモダさ~ん、どっかで別のエンジンめっけて来て!」。

 Midwife 3号(平成2年式KS4型)も、6号と入れ替え売却予定だった4号(平成5年式KS4型)も5号(昭和62年式KT2型)も生きているし、普通のサンバーだったら諦めて廃車にするのだが、実はこの個体、私基準で(CCV基準でも)史上最強の軽トラなの。「KS4改」なの。三方開ダンプなの。営農仕様のフルオプションでデフロックが付いてるの。おまけにエアコンも。後継のTT型より軽くて走破性が高いの。オフローダーにとって標準装備のデフロックは魅力満載、魔法にかかって手放せないの。

求む、産婆の心臓。20180306-01
▲私にとって6台目となるサンバーは、四駆ダンプデフロック付き。健康な状態で入手したが、現在は心臓移植を要する状態。オイルとエレメントは3,000kmで交換してたのに…。



 と言う訳で、程度良好なEN07エンジン(KS3・KS4用、ブローバイホース1本タイプ)を探しています。過給器付きには憧れますが、NAで充分です。良い物件があれば、ぜひお知らせ下さい。

加油 台湾!  

 今更…な印象は否めないが、台湾東部花蓮地震の報を受けて以降、「台湾の皆さん、頑張れ!」という気持ちを抱いている。何せ台湾には特別な思いがあるから。

 2000年(平成12年)2月、台湾一周オフローディングイベント「第2回 トランスアジアトロフィー」に参加し、この時の体験は今でも忘れられない。
 もともとこの大会は1999年10~11月に企画されていたもの。しかし9月21日の台湾大地震で多くのスタッフが被災し、ルートも各地で崩れたため、内容を変更し翌年2月の開催にこぎ着けたという経緯がある。
 現地主催者である2人の陳(チェン)さんをはじめ台中在住のスタッフも、自分の家が崩れたり傾いたまま。地震から半年も経っていないというのに…。このイベントにかける情熱には、心を動かされた。
 当初は一取材メディアとして参加するはずっだたのだが、現地に到着してみたら、多国籍混成チームに欠員が出たからそこに入って競技に参加して欲しいと頼まれ、ついでに通訳を兼ねたオフィシャルスタッフになって欲しいと頼まれ、1人3役。英語の読み書きが出来なくても、身振り手振りを交えた会話なら何とかなるし、北京語が話せなくても漢字の筆談で意思疎通は図れる。
 そして何故か、このイベントで私は特別待遇を受けてしまう。参加者の中には、台湾で有名な俳優や歌手(いわゆるスターで、名簿に「歌星」と記載されていた)もいたというのに。
 日本人として行き先々で歓迎され、隊列から離れ個人的に立ち寄った書店や菓子屋でも騒ぎになるくらい喜ばれた。ある年代は日本人として生きた時代があり、若い世代は日本に憧れている。コンビニでは、当時流行っていたモーニング娘やプッチモニの曲ばかり、テレビでは懐かしい日本のドラマやヒーローもの。
 コンビニで手巻き寿司を買って出たら、現地の陳(チェン)さんが英語で「お前、コレの食べ方を知ってるのか!?」と驚かれたことは、逆にこちらが驚いた。「ナニ言ってやんでぃ。これは手巻き寿司つって、寿司の一種。日本の食いモンだ!」。

加油 台湾! 20180304-01
▲第2回トランスアジアトロフィー、台湾一周の参加証。撮影した数十本のポジ・スリーブは、闘病生活の過程で散逸したが、この額だけは保管していた。書庫のどこかにオフィシャル本が眠っているはず。



 2月6日に発生した東部沖地震花蓮市に甚大な被害が出ていると聞き、18年前のイベント花蓮から参加していた王(ワン)さんを思い出した。台北をスタートして以降、日本語でしきりに「ワンの店、来る?」「ワンの店、来て!」と、親しく話しかけてくれた。太平洋を臨める王(ワン)さんのお店は、日本で言えば道具屋と土産品店を合わせたような感じで、比較的目立つ場所に年代物のライラック号が置かれていたっけ。
 王(ワン)さんは無事だろうか。一緒に笑い、飲み、汗を流し、時には喧嘩もした台湾の仲間達は元気だろうか。

 「加油 台湾!(ジャアユー タイワン)」。応援しかできない自分が歯がゆい。

懐古週間。 

 歳を重ねて弱った老人を元気づけるには、青春期の話題に振ると効果がある。今の私は、自分に対して無意識にこれを施しているのかも知れない。

 「秘宝館」来訪者と一緒に、あっちをガサガサ、こっちをゴソゴソしていた時、存在すら忘れていた懐かしいアイテムが発掘された。
 それが、これ。CCV創刊時に作られた電車中吊りポスター! 

懐古週間。20170925-01
▲誰が作ったか知らないが、ベース画となるCJ3Aは、実は逆版。これでも校正担当編集者が「硬派」に読点(。)を加えてタイトルを引き締め、同時に右広がりにして何とかレイアウトバランスを整えている。元自宅の仕事部屋「ワークコクピット」に貼っていたもので、記憶を辿ると、引っ越す際に丸めて他のポスター類と一緒にしまっていたようだ。この際だからと、柄にもなく枠に収めて記念撮影。



 このポスターにも、書き始めたらキリがないほどエピソードがあり、石川さんも私も、いつ、どの路線で、何日間掲載されたのか知らなかったし、何枚刷られたのかも知らなかった。
 そして、なぜ私の手元に1枚だけ残っているのか・・・。

 来週の「会見」までに、どれだけ思い出せるかな??

誤解なきよう。 

 10月1日に開催する「読者会見・秘蔵品販売会」に関しては、既に4名の申し込みがあり、10数件の問い合わせがあった。
 イベント内容が曖昧で、ややこしい申し込み方法にも関わらずmailを送って下さった皆さん、ありがとうございます。①~⑭の各項目を読みながら、厳しくも愉しく過ごした現役時代を思い出しました。そうそう、CCV誌の愛読者って、このノリなんだよねぇ~。

誤解なきよう。20170909-01
▲ステッカー各種。左上は冨安大輔氏ハンドメイドの力作。絶妙な絵の具の配分により、同じものは2枚とない。下はDM用封筒と、当時ジャカルタに赴任していた二階堂裕氏が現地で作って下さった刺繍ワッペン。


 在庫アイテムの問い合わせは多く、それに合わせてあっちの引き出しをガサガサ、こっちの段ボールをゴソゴソ。そうしていると、記憶以上に在庫があったり忘れていたブツが出て来たりで、思わず懐かしくなる。中には、「何でこんなモンがあるんだ?」というモノも。
 手放したくないアイテムもあるが、不動産化しつつあるJ3改を公道復帰させるための資金になるなら、欲しい方に譲るのが良策だろう。

誤解なきよう。20170909-02
4×4 MAGAZINEオリジナルZIPPO。MB/GPWの他に、MA、BRC40、M38、M151等もあった。読者時代(何歳だ?)に実用として1個、入社してから保存用に1個購入した記憶がある。


 また、9月5日の記事中に用いた「暴露」という表現が不適切だったようで、警戒している方々もおられると耳にした。
 確かにこの用語は良くないし、誤解を招いているので、当日話す予定の内容を少し説明しておきたい。
 石川さんが他界した今、CCV誌発案から創刊へ至るまでの詳細な経緯を知るのは私だけになってしまった。本来なら何かしら書き記しておくのが良いのだろうが、今の私には余力がないし、お迎えが近くまで来ているようにも思えるので、誰かに語る形でバックアップを取り、継いで欲しい。一時は発行を諦めかけるほど、本当に難産だったのだ。
 創刊後も苦労続きだったが、書き作る愉しさの方が勝っていた。別冊を含む紙媒体は私が、映像関連は同じく4×4 MAGAZINEを辞めた鈴木修二氏が担当し、その2つを総括していた石川さんは、とりわけ苦労が大きかったと思う。
 苦労話を語るなんて、矜恃を疑われそうだが、決して順風満帆ではなく、アクシデントと幸運が混在しながら創刊し、続けられたことは、誰かに知っておいてもらいたい。
 CCV誌に関しては、そうした内輪話がメインになる。誌面を舞台に例えるなら、舞台を作るまでの過程や舞台裏のお仕事といったところか。

誤解なきよう。20170909-03
CCVビデオ「四駆アクション」(左)と、その前身となる4×4 MAGAZINEビデオ「マッド・アクション」(右)。企画、脚本、撮影、編集といった制作スタッフは同じメンバーで、どちらもVHS版のみ。年月を経た今、観て笑える…か?


 4×4 MAGAZINEに関しても同様だが、暴露的な話題はいずれも30年ほど前の出来事で、もう時効だろう。人殺しだって、刑期を終え娑婆に出ている。
 H田さんとKさんコンビによる著作権侵害事件、F島編集長による著作権侵害事件は、相手方の寛大な対応により表に出なかったが、場合によっては社の存続を揺るがしかねない案件で、これに関しては相手方本人と、交渉にあたった複数のスタッフしか知らない。
 クライアントから借り受けた取材車輌の自損全損事件は私が当事者で、ギョーカイ中に噂が広まったらしい。
 これらの裏話も、ユーモアを交えながら聞き手に心地良く語るつもりでいる。ギョーカイ内で誰と誰がどういう経緯で喧嘩していたとか、もはや笑い話でしかない。
 参加者からの質問をさらりと受け流したら、それは口外厳禁事項で、墓場まで持って行く内容だと察して戴きたい。

誤解なきよう。20170909-04
▲中綴じ時代の4×4 MAGAZINE。今の住まいに越した際、タブっているバックナンバーは全て希望者に配布したはずだが、まだ残っていた。


 戴いた問い合わせの中に、「なぜ2,000円の参加費が必要なのか?」という内容が多かったが、それに対しては以下のように答えている。
「会場は借地で、駐車場の手配やイベント準備にもコストが掛かっています」「あなたは無料でJJに参加していたんですか?」「タダほど高い物はありませんよ」「参加費が安いと思ってもらえるような内容を考えています」

 可能な限り、参加者の興味を引き、楽しめて懐かしめて満足してもらえるよう心がけるつもりだが、1人で出来る事には限界があり、その範囲内でしかない事は予めご承知戴きたい。
 9月11からの「秘宝館」閲覧・販売で、イベント当日用のアイテムが売り切れてしまったらどうしよう。(←杞憂だよ)