ジープ(Jeep)と薪ストーブ(暖炉) 焚き火屋店主、NPO森臨隊代表・菰田晴雄の呑気なウェブログ

ジープと焚き火をこよなく愛する人間の、時に間抜けで時に過激なウェブログです

2006-11-30

チロチロと…。

 朝起きて、釜の中に残ったおき火に、焚き付け用の細いを入れて火をおこす。本日は、チロチロと燃える炎を眺めていたい気分だったので、おき火が安定したら、ぶっといを放り込んだ。樹種にもよるが、これくらいの大きさなら半日近くもつ。
 こんなサイズのを燃やせるのが、大型薪ストーブ(暖炉)の魅力でもある。
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2006-11-29

コメント返信。

 普通自動2輪の実技試験に合格し、精神的なゆとりが出て来たことから、これまでに頂いていたコメントすべてに返信を書きました。10月14日~11月29に頂戴したコメントです。コメントを送って下さったみなさん、ありがとうございます。
 ズボラな私ですが、頂いたコメントにはちゃんと返信するつもりでおりますので、これからもよろしくお願い致します。

2006-11-29

普通自動2輪 一発試験 4回目!

 天気予報によると、今日から少しの間は晴天が続くとなっていた。ならば、今日から自動2輪実技試験に臨むしかない。昨晩から、いつになく気合いを入れていた。気合いが入りすぎたのか、今朝は4時半に目覚めてしまった。
「今日は二度寝する訳には行かない」
 朝メシを食い、モチベーションを高めつつ、これまでほったらかしにしていたウェブログコメントへの返信をいくつか書く。そして、土曜日(11月25日)に受けた講習の感覚が体に残っていることも確認。
「ん、今日こそはイケるかも」
 ジープはエンジン不調なので、軽トラにヘルメットとブーツを積んで、いざ出陣。

 実技待機室で、今日の試験が第2コースであることをチェック。第1コースに比べると、減点されるポイントが少ない。
「をを、ラッキー!」
 誰もいない喫煙所で一服していると、見るからに「私は自動2輪試験官です!」という身なりの方がやって来た。
「あ、おはようございます」
 と挨拶し、ちょっと雑談。土曜日に講習会を受け、きちんと練習してきたことをアピールしたりする。姑息だなんて思わないでね。免許試験って、こういうことが大事なの。今日の試験官は優しそうな感じ。「今日、合格出来るかも」という期待がふくらむ。「今日がダメでも明日があるさ」。

 さて、いよいよ私の番が回って来た。少なからず緊張しているが、「講習会で練習した通りにやれば、絶対合格出来る」と信じて発進させる。
 まず、スタートしてからは加速具合がチェックされるので、しっかり50km/hまで速度を上げ、そして交差点の手前で減速し、右折。坂道発進も難なくこなし、加速と減速、安全確認のポイントを押さえながらコースを回る。
 苦手としていた1本橋は、規定時間(7秒以上)よりも早く渡りきってしまったが、まぁ、気にしない。ゆっくり走ろうと思うばかりに脱輪して試験中止となるより、減点はされるが早くても渡りきった方がいいのだから。続くスラロームと急制動は、練習で1度も失敗したことがないだけに、すんなりクリア出来た。ここまでどれだけ減点されているかは不明だが、合格ラインには乗っているような気がする。
 お次はクランク走行。前回の試験は、ここでふらついてしまい失格となってしまっただけに、慎重になってしまう。進入手前で2速に入れ、半クラッチとリアブレーキの効き具合を確認しながらクランクへ。練習の甲斐あって、大きくふらつくことなく通過出来た。
 ここまで来れば、試験の大半がおわったようなもの。残るは、踏切通過と、外周路での加速と減速だ。
 踏切通過は、ちゃんと停止して左右確認が出来ているかの課題なので、難しくない。進路変更に伴うウインカー操作や後方確認もきっちりやって、外周路へと出る。直線区間ではビシッと加速し、コーナーの手前でポンピングブレーキを使いながら減速、そしてコーナーからの立ち上がりながら再加速。慎重かつ大胆に運転して、スタート地点に戻って来た。
「おお、初めて最後まで走れたよ!」

 バイクを降り、自分の走りを思い出してみる。1本橋通過が早すぎたこと、左右確認を忘れた交差点通過があったこと、左折時に大回りした箇所があったことなどが減点項目だろうか。自分では気づかなかった減点もあったに違いない。それでも、6割5分くらいの確率で、
「ひょっとして合格してるかも」
 という自信もあった。コースを最後まで走れてるし。
 期待と不安で、恐る恐る試験官に連絡する。
「あー、コモダさんですね。ちょっと低速が不安定ですけど、合格です」
 との返事。
「やったゼ! 4回目にして合格だ!」
 緊張感が、一気にとけた。

 思い返せば、突然の思いつきで普通自動2輪の試験を受けに行ったのが9月21日。中型バイク未経験から始まった私の自動2輪免許挑戦は、ほぼ2ヵ月で合格する運びとなった。合格したから偉そうに言ってしまうが、学科試験はないし路上試験もないので、二種免許試験よりも楽な試験だったと感じている。

 あとは、指定教習所で『取得時講習』なるものを受け、免許の交付を待つばかり。正直言って、ホッとした。
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2006-11-28

焚き火で読書。

 今朝、目が覚めたのは5時半だった。腕時計を見て、
「なんで、こんな時間に目が覚めたんだろ…?」
 などとボケ~っとした頭で考えながら台所へ行き、換気扇下の“喫煙コーナー”で一服。
 天気予報によると、今日は雨らしい。ということは、自動2輪実技受験は見送りなので、早く起きている必要はない。それに、昨晩寝る前に服用した眠剤がまだ残っているのか、単なる睡眠不足なのか、やたらと欠伸が出る。
「二度寝すんべ」
 と、再び万年床へ。
 変な夢にうなされ、寝汗をびっしょりかいて目覚めたのは、正午だった。
 ガレージから外に出てみると、いつ雨が降り出してもおかしくない曇天。地面がぐっしょり濡れていて、切り作業や薪割り作業をする気になれない。『晴耕雨読』というではないか。こういう日は読書に限る。
 そこそこ気温があり、火の必要性は感じられないが、暖炉に残ったおき火の中にを放り込んで火をおこす。
「さて、何を読もうか…」
 壁面すべてが書棚となっている仕事部屋(書斎?)に入り、考える。1週間前、寺崎さんのご自宅を訪ねて以来、すっかり寺崎さんづいている私。昨晩までは、CCVのバックナンバーで、寺崎さんの連載記事『野宿ライダーのつぶやき(後に“野宿ライダー四駆旅”に改題』を初回からvol.40まで読んでいたこともあり、背表紙が色あせてしまった『野宿ライダー、田舎に暮らす(発行:山海堂)』を手に取った。この本を読むのは、5年ぶりだろうか…。
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 暖炉の前に小さな野戦テーブルと椅子を置く。テーブルの上には、100円ショックで買ったコップ。1.8リッター入り税込み945円の紙パックワインをよく振ってからたっぷり注いだ。そして祖父の遺品でもある灰皿。
 チチ…チチチ…。焚き火の中から、ケヤキらしい音がする。自然が奏でる音は、読書の気分を盛り上げてくれる。どんなに優れた音楽であっても、焚き火の音色にはかなうまい。

 焚き火の前で、好きな本を読む。社会から落ちこぼれた私にも、贅沢が時間が流れてくれる。

2006-11-27

火入れの儀。

 いつもの年より1ヵ月以上遅れて、今日、薪ストーブ(暖炉)に火を入れた。別に寒い訳でもなく、むしろ暖かく感じられるほどの気候だったが、本格的に寒くなってからでは、写真を撮りながら火を入れる余裕がなくなってしまう。仕事はないし、小雨が降っていて自動2輪免許実技試験を受けるにも不向き。気温が高めだが、今日は火入れに絶好の機会である。
 火入れといっても、やることはいつもと同じ。手順は下記の通り。
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(1)まず「枕」となる太めのを、前後方向に2本置く。
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(2)2本の太いの上に、焚き付けに適した細いを数本、横方向に乗せる。
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(3)焚き付けよりも少し太いを数本乗せる。
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(4)一番上に、本燃焼用のを適当に乗せる。
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(5)最初に置いた太い薪の間に、丸めた古新聞を適当に突っ込む。
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(6)「ステーキのどん」でもらったマッチて、古新聞に着火。
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(7)焚き付け用の細い薪に火がつき、炎が上がるのを確認。
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(8)一番上に乗せた太めの薪に炎がまわり、焚き付けの薪が崩れ始めたら、太い薪を追加。
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(9)燃焼が安定し始めた状態。
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(10)暖炉全体で見るとこんな感じ。燃焼室が大きいので、炎がチロチロ上がる程度では暖まらない。
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(11)扉を閉めると、釜全体が早く暖まって輻射熱が出て来るし、燃費も良くなる。

 暖炉に火を入れると、焚き火の香りや重厚な鋳鉄の焼けるにおいと共に、家が暖まってくる。やっぱり焚き火はいいものだ。今日は少し暑いくらいだが、炎を眺めていると気分が落ち着く。

 今年も暖炉の季節がやって来た。

2006-11-25

またシゴかれた。

 今日も行ってきた。自動2輪安全運転講習会。これで3回目。

 前回の講習を受けた後、もう大丈夫とばかりに実技試験を受けに行ったのだが、2日続けて些細なミスで落ちてしまい、すっかり落ち込んでしまった。気合いを入れようとしたのだが、雨の日(路面が滑りやすくなっているので試験を受けたくない)が続いたり、仕事が忙しくなったりで、受験のタイミングを逃してしまった。
 かれこれ1ヵ月以上CB400に跨っていないし、試験コースも走っていない。こんな状況で受験しても、合格する見込みはない。
 という訳で、久しぶりにCB400と試験コースの経験を積むため、本日の講習会参加となった。そして、今回もサンマのおばちゃんにシゴかれたのであった。

 3回目ともなれば、すっかり顔なじみ。サンマのおばちゃん、今日は排気音が勇ましい旧型CB400にご搭乗で、講習開始から私にくっついてマンツーマン指導。おかげで、午前の部が終了する頃には、すっかり感覚を取り戻し、これまで以上に上達した気分だった。
 ジープに比べて低速トルクのないCB400(当たり前だ!)の操作にもかなり慣れ、試験コースもすっかり頭に入った講習後半からは、別のおばちゃんが私の担当になった。前回登場した牛肩スライスのおばちゃんでもない。
 新しいおばちゃん、普段はきっと野菜売り場で「そろそろ鍋の季節だべ」なんて一人ごちながら、ラップにくるまれた半玉白菜を選んでいるに違いない。ついでに「ぬか漬けにするべェか」などと言いながら、ナスビをカゴに放り込んだりしているかも。
 ちなみに、この白菜のおばちゃん、ヘルメットをかぶっているのでよく分からないが、見る限りでは、サンマのおばちゃんより10歳以上若い。ひょっとしたら、私より若いかも知れないので「おばちゃん」と表記して良いのかどうか迷うところだが、さりとて「おねェさん」と書くのも抵抗がある。それに、「白菜のお姉さん」ならまだいいが、「ナスビのお姉さん」となると、よからぬ想像から違うジャンルにトリップしてしまいそうだ。

 私のバイク運転技術は我流なだけに、良かれ悪しかれ変な癖も多い。何回も試験コースを走っているうちに、癖はかなり修正されたのだが、つい出てしまうのが、左足をチェンジペダルの横っちょに添えて走るという癖。思えば、スピードにとりつかれていた10代の頃、この癖がついたような気がする。
 つま先が開いてしまうこの姿勢は減点対象で、この癖があるためにニーグリップが甘くなるのだと指摘されているのだが、ニーグリップが大事なものなのかどうか、お馬鹿な私には分からない。

 何はともあれ、実技試験合格にかなり近づけたような気がする。年内に普通自動2輪免許が取得出来るであろうか…。

2006-11-25

尊敬する方を訪ねて(山道編)。

 一人旅と野宿が好きな寺崎さんのご自宅は、「南アルプスなんたら街道」という表通り(?)から分かれ、舗装された幅員の狭い林道らしき道を10kmくらい(だったかな?)登っていった場所にある。寺崎さんか越して来る前は、空き家となっていた古い農家だ。
 前回ここを訪れたのは、平成9年1月に発売されたCCV-25号掲載のデリカバン寺崎号の取材時(バックナンバーで調べた)なので、およそ10年ぶり。もっと近い時期だったと記憶していたのだが、私の記憶はアテにならない。よくよく考えてみれば当然で、私がCCVを離れてから、もう丸6年が経過しているのだ。この6年間、いったい私は何をやっていたのだろう…。
 私の場合、まず人の顔と名前が覚えられない。これだけは自慢出来る。ついでに、出来事とかも覚えられないし、過去に自分が書いた原稿の内容も覚えられない。それほど記憶力の欠落した脳味噌なのだが、なぜか道だけはよく覚えていて、一度通ったことのある場所なら、まず迷わない。

 明るいうちには山には入る予定だったが、秩父市内の渋滞に巻き込まれたのが影響して、周囲はすっかり暗くなってしまった。山の日暮れは早い。
 記憶を頼りに、表通りから林道へと折れて行ったが、ヘッドランプに照らされた範囲が視界のすべてという緊張感は久しぶりだ。当然ながら、軽トラックの窓は左右とも開けたまま。わずかなことかも知れないが、狭い視界を、聴覚と嗅覚で補う。
 落ち葉が積もり、時たま小さな崩落跡がある狭い山道を進んでいると、「この道で合ってるよな…」と、不安を感じたりもする。山道に入った時、その先に人が住んでいるかどうかは、電線の有無で確かめたりするのだが、そんなものは見えない。「この先に人家なんかあるんかいな…」。
 林道に入って、まず出迎えてくれたがイノシシだった。脇からヒョッコリ現れ、タッタカタッタカ逃げて行く。そのお尻が、なかなかセクシーだ。ぼたん鍋にしたら、さぞ美味かろう。
 自然の中に入るにつれ、少しずつ感覚や思考が鋭敏になってくる。水たまりの周辺に、跳ね水の跡と濡れたタイヤ痕があるのを目視確認。3時間くらい前に、車が通ったということだ。周囲に他の集落はないはず。ならば、この道で間違いない。
 4つのタイヤが落ち葉を踏みしめる音を聞きながら、右に左にカーブする道を、をゆっくりと進む。勾配は登り一方。所々で舗装が剥がれ、道が荒れている。
 空荷の軽トラックに、乗り心地なんてものは期待していなかったが、リアミッドにエンジンを積むアクティ4WDは、なかなかどうして挙動が安定している。ハイラックスやダットラの四駆よりも快適だし、テラノほどではないにしろ、初代サーフよりはマシだ。
 執筆予定などある訳ないが、もし、この軽トラが取材車両だったら、どんな試乗記を書くだろうか…。アテのない原稿をつらつら考えながら走っていたら、見覚えのある小さな柵が道を塞いでいた。イノシシから畑を守るためのもので、寺崎邸のある集落手前100mに備えられた柵である。やっと到着。安心感が訪れる。頭の中の原稿は未完成だが、まぁいいや。
 柵を移動させるため、車を降り歩いていると、白いジムニーのシルエットが見えた。新車で購入直後から、徹底的に軽量化でなぶられた末期型JA11ダイエットスペシャル・ハンドリングbyテラサキツトム号だ。その手前には、青や銀色のカバーがモコモコしている。きっとあの下には、秘蔵のバイクが何台も隠されているのだろう。
 家に明かりがなく、飼い犬とおぼしき犬が2匹ウロウロしているところを見ると、寺崎さんはまだ帰って来ていないらしい。空いたスペースにアクティを停め、「さて、ラジオ聞きながら帰りを待つとするか…。寝袋も持って来たし、帰って来なかったら適当に軒下でも借りるとしよう」と考えつつ、NHKにダイヤルを合わせていたちょうどその時、軽トラックに乗って寺崎さんが帰って来た。

つづく。
 
2006-11-23

お隣の売国奴。

 少し前の話になるが、韓国から来た方と話す機会があった。韓国に対する印象を聞かれたので、正直に、
「アイム インタレステッド イン コリア。バット アイ ヘイト コリア ガバメント。プレジデント ノムヒョン イズ ア メンバー オブ ノースコリア ガバメント」
 と答えた。単語も文法も自信のない英語だが、意図するところは通じたらしく、
「そんなことを言う日本人は初めてだ」
 みたいなことを言われた記憶がある。

 私の考えは間違っていなかったようで、今日の朝刊には、ロ ブゲン大統領が、先の朝鮮戦争を「内戦」と言っている記事が載っていた。ロ ブゲン大統領にとっては、家族のために、国のために散っていった韓国軍兵士たちの魂よりも、キン ショウニチ将軍様のご機嫌が大事らしい。
 ロ ブゲン大統領の言動には、我々も気をつけておかなければならない。竹島を占領し、何かにつけて日の丸を燃やす「お隣」なのだから。

2006-11-23

愛国心。

 国会もマスコミも、愛国心という表現を巡る論争が落ち着いてしまったようも思える。 しかし、こんな当たり前の言葉で、「あーでもないこーでもない」と言い合いのは、恐らく世界的に見ても日本だけだろう。軍国主義の反動で、極端に左傾化してしまった戦後の教育現場が示す一例だと思う。

 そう言えば…。

 北朝鮮核実験成功を発表(どうせ虚言に決まっている)した当日、迎撃ミサイル・ペイトリオット(PAC3)の陸揚げを阻止した連中がいた。さすが非国民ペイトリオット(愛国心)がお嫌いらしい。日本なんかで暮らしていないで、半島の北部にでも移住すればいいのに…。

2006-11-22

筆無精。

 ライターという稼業をやっていながら、私は筆無精を自覚している。今さら書くまでもないかもしれないが、「超」が付くほどの不精者で、マレーシアの友人人から「レイジーマン(怠け者)」と呼ばれているほどだ。
 そんな私だから、頭の中にはウェブログに書くネタがいっぱいあっても、それをパソコンで打ち込むことが面倒でならない。このところ更新ペースがガタっと落ちているのは、忙しかったせいもあるが、生来の怠け癖が出てしまったというのが本質である。

 尊敬する寺崎 さん(http://www.ramble.com/tera/)のご自宅にお邪魔したことは、あらゆる面で良い刺激になった。突然の訪問にもかかわらず、快く迎えて下さった上、酒肴と寝場所を用意して頂いた寺崎さんには、心から感謝ている。
 ちなみに寺崎さんの著書は、絶版もあるが、多くはブックガレージ(TEL.046-294-5554 http://www.rakuten.co.jp/bookgarage/)で手に入るはず。どれも楽しくてためにある本なので、是非ご購読を。
 今回の寺崎邸1泊軽トラプチドライブでは、当ウェブログに適したネタも沢山仕入れられた。ネズミの話とか、酒の話とか、寝袋の話とか、薪ストーブの話とか、ご飯の話とか、バイクの話とか、軽トラックの話とか…。
 今日こそこれらのネタを記事化しようと思っていたのだが、バイクの登録に必要な自賠責保険の手続きに行ったり、バイクの登録で手間取ったり(書類の不備で陸運支局に2回も通った)、銀行に行ったり、滞納していた税金を納めに行ったり、昼寝をしたりで、書く時間が作れなかった(昼寝こいてねェで書けよ!)。夜になったら書こうと思ったのだが、夕食後、早々に酒を飲み始めてしまった。我ながら、意志の弱さが情けない。ちなみにこの原稿を書いている今は、ほどよく酔っている。

 「うつ周期」を脱して体調が回復し、発症中の「怠け癖」がおさまるには、もう少し時間がかかるかもしれない。

2006-11-20

尊敬する方を訪ねて(ドライブ出発編)。

 土曜日(11月18日)の朝から、山梨県南部へと出かけ、昨夕帰宅した。バイクマニアたちが「神様」と崇めている“野宿ライダー”寺崎 勉さんから譲って頂くバイク・YAMAHAセロウ初期型を引き取りに行くためで、私にとっては約1ヵ月半ぶりのドライブとなる。
 南アルプスとば口の山中にある寺崎さんのご自宅に伺うのは久しぶりで、前回の訪問は、確か寺崎さんが所有されていたデリカ バン4WDを取材に行った時だったと思う。それが何年前で、CCV何号の取材だったのか…。たぶん8年くらい前のことだと思うのだが、著しく記憶力の欠如した私の脳味噌は、すでに覚えていない。
 実は、自宅を出発する直前まで、当日寺崎さんのご自宅へ行く予定ではなかった。1週間ほど前、寺崎さんと交わしていたメイルで、11月18日夕方から19日にかけてはご在宅と知っていたのだが、材運び兼バイク運搬用軽トラックの車検が再取得出来た水曜日(11月15日)の夜「軽トラの車検が取れたので18日夕方伺います」と送信したまま返信を頂いておらず、行って良いものかどうか迷っていた。
 寺崎さんは、数誌に連載記事をを持ち、ロケやら取材やらで忙しく、出られていることが多い。ただでさえ私の都合で引き取りが2ヵ月近く遅れているのに、18日を外したら、いつ寺崎さんがお手すきになるか不明。積雪のために、一時的ではあるが社会から隔絶してしまうこともある地域なので、冬が来る前に行かなければならない。
 そんな訳で「メイルの返信がないのは、多分ロケに出ているからだろう。なぁに、夕方には帰って来るらしいし、帰って来られなければ、その辺で適当に野宿しながら待ってりゃいいや」と思い立ち、ザックに手土産の馥露酣純米吟醸と 寝袋とセーターを詰め、荷台にケヤキの材を適当に積んで出発した。

 埼玉県北部から山梨県南部へ行くには、高い金を払って高速に乗るより、国道140号線を走り、埼玉・山梨県境に新しく開通した雁坂(かりさか)トンネルを通った方が近い。
 ちなみにこの国道140号線、山梨側では「雁坂みち」と、風情のある名前が付けられているが、埼玉側では「彩甲斐街道」となり、センスや感性のカケラも感じられない。そもそも埼玉を「彩の国 埼玉」と呼ぶこと自体に無理がありすぎるのに、埼玉県の知事や職員は、これが素晴らしいと信じ込んでおられるらしい。馬っ鹿じゃねーの?


つづく。


2006-11-19

とりあえず更新。

 山梨から帰宅して、夕食の買い出しやら明日(仕事がらみの面接がある)の準備やらをしていたら、もうこんな時間(11月19日23:45)になってしまった。日付が変わってしまう前に、とりあえず更新しておこう。
 という訳(どういう訳だ?)で、これを運んで来た。早く免許取らなきゃ。
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2006-11-15

軽トラの車検。

 先週で車検が切れていた軽トラックの継続車検を受けに行った。
 車検ラインに入る前、テスター屋さんで、サイドスリップとブレーキをチェックし、光軸調整。代金2,000円也。
 朽ち始めていた排気管は、アルミテープ、アルミ板(別名:空き缶)、機械バンド、針金、そして大量のガンガム(マフラーパテ)で補修した甲斐あって問題なし。その他各部とも異常なく、無事に検査ラインを通過した。
 検査場での支出は、申請用紙代40円、重量税8,800円、検査手数料1,400円、リサイクル料3,440円の、13,680円。テスター代と合わせて15,680円が、車検にかかった費用となる(自賠責保険料を除く)。
 さて、これで軽トラックは延命出来た。材運びでバリバリ頑張ってもらうとしよう。
2006-11-12

うつ周期。

 気がついたら、1週間以上もこのウェブログを更新していなかった。楽しみに来られた方々、申し訳ない。
 派遣契約のライター仕事が終わってからというものの、やはり無理に働きすぎたようで、どっと疲れが出てしまい、ひたすら寝ていた。
 何をするにもやる気が出ず、食欲もわかない。寝間着を着替えることすら面倒くさく、集めた材も手つかずのまま。頭の思考回路が止まっていて、ウェブログの原稿を考えることすら出来ない。
 こうした「何もやる気が出ない」状態を、私は「うつ周期」と呼んでいて、もう数年のつき合いになる。これまでの経験から、うつ周期に入ってしまったら、何もせず何も考えず、ただただ寝ているのがベストな過ごし方で、そうしている間に、少しずつ気力が回復して来る。1週間で回復することもあれば、1ヵ月以上経過しても沈んだまま、ということもある。
 実は、この原稿を書くにあたっても、かなり苦しんでいる。ただ、何か書いておかないと「死んじまったんじゃねーの?」と思われかねない。
 今日も食欲がない。ネットで知り合った方と集めに出かけてみたが、訳も分からず気が重く、妙に疲れた。今回のうつ周期は少し長引くかもしれない。
 
2006-11-02

区切りがついた。

 今日、私が派遣されていたカタログ冊子編集製作の仕事が正式に終了した。10月31日の段階で、すでに実務は終えており、残るは書類の手続きのみだったのだが、これが済んだことですべて終了。気分的にも楽になった。
 世間は明日から連休らしいが、お気楽な、仕事の来ないフリーランス(つまり無職)は、毎日が休日。とりあえずは、仕事で疲れた体と心を休めつつ、ジープの修理や、チェーンソーの修理や、集めや、運びや、玉切りや、薪割りを進めるとしよう。
 そして楽しみなのは、薪ストーブ(暖炉)の火入れ。今年は暖かい日が続いているので、それほど火が恋しい訳ではないが、いつもの年なら、暖炉の前に腰掛け一杯やっている時期だ。
 薪割り作業を終えた夜、炎の前で好きな本を読みふける時間を考えると、それだけで幸せな気分になれる。
2006-11-01

入手成功。

 昨日交渉したカキやムク等の薪材は、無事、入手することが出来た。まずはめでたい。
 現場のオジサンが切ってくれた上、ユンボで軽トラックに積んでくれた。親切なオジサンに感謝感謝。
 もらった薪材を自宅の敷地に運び込んだのだが、すでに本来の置き場はもとより、駐車スペースにも、道路から家への通路にも丸太があふれ始めている。
 ときどきニュースで、ゴミに囲まれた「ゴミ屋敷」が取りあげられているが、ウチの場合は、さしずめ「丸太屋敷」といったところか。

 薪材の搬入も終わったので、午後からはバイクで少し遠くまで行き、薪割り機製作に必要となりそうな部品を探して回った。別に、今すぐ作る訳でもないし、そんな資金もないのだが、何かを作るためにモノを物色するというのは、なかなか楽しい。
 プチ・ツーリングとばかりにあちこち回っていたら、またしても薪材を発見してしまった。切り倒されたばかりのアカシア6本と、これから伐採されるクヌギ6本、さらに今年の春に伐採されたぶっといカシケヤキ数本。
 …さて、どうしよう。私の性格からして、これらも運び込んでしまいそうな気がする。

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