出動。 

 今日はのんびりカシの薪でも作ろうかと考えながら、パソコンの前に座り鼻をほじっていたところ、いつも薪材のお世話になっている業者から入電。
「これからR町でコナラを4本ばかし切るんですが、時間があったら手伝ってもらえませんか?」
 断る理由なんかない。伐採するコナラの太さと高さを確認し、チェーンソー等の道具一式と20mのロープ2本をサンバーの荷台に放り込んで、いざ出動。

 枯れ始めてシロタの傷んだコナラは、あっさり倒れた。枝を払ってから、その場で玉切り。そしてサンバーへと積み込む。
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 今年に入ってから、休日は必ずと言っていいほどチェーンソーか斧を振り回しているし、使用頻度も多くなった。次の伐採シーズンは秋から始まるが、すでに60本以上の伐採依頼を受けている。あぁ、45cmのガイドバーを装着したスチル(STIHL)の260型(もしくは026型)が猛烈に欲しい。

連休。 

 一応、仕事は9連休。しかし、やらなければいけないことが山ほどある。

 カシ薪材の搬入(約3t)とか、シデとムクの切り出し(20t以上ある)とか、熊谷市西部に置いてある丸太の片付け(約4t)とか、熊谷市北部に置いてある丸太の片付け(約700kg)とか、熊谷市南部に置いてある丸太の片付け(約2t)とか、行田市北部に置いてある丸太の片付け(約1t)とか、薪棚作り(どれほど必要か見当もつかない)とか、予約注文の入った薪作り(ひとまず500kg分)とか、薪の行商(軽トラに積めるだけ)とか、陣の狂犬病予防注射(金がかかる)とか、シイタケとヒラタケのホダ木作り(とにかくコマ菌のある限り)とか、サンバーの名義変更(必須)とか、アクティの廃車手続き(税金が還付される)とか、引っ越し荷物の片付け(いつまでかかるのやら)とか…。
 それでも5月3日からは山梨県某所へ野宿宴会(至福のひととき)へと出かけるし、5月5日には今年喜寿を迎える親父とお袋が「小川町ちゅーのはどげなとこや?」とやって来る。
 マジでバイトでも雇おうか…。

 連休2日目の今日、午前中は各方面にメイルを送ったり当ウェブログに頂いた全てのコメントに返信を書いたりで過ごし、昼は薪材の搬入。息子が陸上大会に出場するので午後から陣を乗せて熊谷市へ。それから入間市へ行って買い物を済ませ、日高市を経由して戻って来た。
 薪材搬入中に手を滑らせ推定重量70kgのカシを左足甲部に落として涙を流してみたり(紫色に腫れている)、熊谷の陸上競技場では陣が「縄抜けの術」を披露し脱走してみたり…。

 あぁ、ちかれた。

アクティ引退。 

 助手席に陣を乗せ、2kmほど離れた解体屋へと向かう。
 たかがクラッチが滑っている程度で、プロペラシャフトが歪んでいる程度で解体屋へ運び込むなんて、もったいない。昭和63年式だから、今年で車齢20歳たらず。必要な部品を交換整備すれば、まだまだ使える。
「もったいないなぁ」
 保守整備をおざなりにしたがために廃車へ至ったのではないかという罪悪感のようなものもある。
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 前後のナンバーを外し、解体屋さんの事務所で手続きを済ませると、アクティはフォークリフトで持ち上げられた。まだ山の残っているタイヤを外す。本当は、ボルト1本、ナット1個に至るまで、使えるものはすべて外しておきたかったのだが、時間や置き場所等の制約もあり、摘出したのは、荷台の鳥居アオリのチェーン、そしてタイヤ4本のみ。
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 フォークリフトに載せられたタイヤのないアクティは、さっきまで走っていたとは思えず、死んだ車に見える。廃車が積まれた場所へと運ばれると、不思議なくらい周囲にとけ込んだ。このアクティが、再び車として走ることはないだろう。
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 これまで多くの車と出会い、手放して来たが、解体屋へ運び込むのは初めてのこと。なんだか切ない気分になってしまった。

チームワーク? 

 今日、終業時刻(1800時)を過ぎ、仕事に区切りも付いたので帰り支度をしていたところ、上司OSさん(課長補佐級)が私のところへやって来た。いずれ今やっているものとは別のジャンルを担当することになるので、その準備も含めて仕事をするように、との指示だった。
 OSさんとしては、単に励ましただけなのかも知れないが、終業時刻を過ぎて「もっと仕事しろ」的なことを言われると、残業を強要されているようにしか思えない。
 入社してから2ヵ月ちょっと。その間、上司から残業強要とも受け取れる内容の話を受けたのは、これで4回目。
 最初は、入社から1週間が過ぎた2月28日1700時。上司KYさん(所長)から呼ばれ、
「みんな残業して頑張っているのだから定時で帰らないように」
 といった内容のことを言われた。
 2回目は、4月10日1830時。その日の仕事に区切りが付いたので、
「お先に失礼します」
 と声をかけ営業所を出ようとしたら課長補佐級OSさんに呼び止められ、
「みんな頑張ってるんだから…」「家が遠いのはわかるけど…」「みんなと歩調を合わせて…」
 と注意を受けた。
 3回目は、4月18日1720時。所長KYさんから外の喫茶店に呼ばれ、
「コモダさんはチームワークを乱してます」「浮いていますよ」「みんな残業しています」「遠くから通っているのは、コモダさんだけではありません」「言葉ではやる気を見せているのに、やっていることにやる気が感じられません」
 などと言われてしまった。
 そして今日の4回目。
 所長も課長補佐も婉曲な言い方をしているが、上からの話をまとめると、
「みんな残業してるんだから、チームワークを保つためにお前も残業しろ」
 ということらしい。
 言わせてもらうなら、残業しないと保てないチームワークなんて、本当のチームワークではない。日本人が好む「横並び至上感覚」とでも言うべきだろうか。もしそれがチームワークなのだとしたら、そんなもの糞っ食らえだ。
 今の仕事は、以前からやりたかったものだし、内容も濃く充実していて残業も厭わない。でも、どうなのだろう。残業とか休日出勤といったものは自発的にやることであって、強制するものではないはず。その日の仕事を終えた上、意志に反して強制残業させられたところで、ろくな仕事は出来ない。
 残業した分、睡眠時間が削られる。睡眠時間が減れば健康に影響するし、仕事に対するモチベーションが下がる。健康を害すれば仕事が出来なくなるし、仕事へのモチベーションが下がれば仕事の質が落ちる。仕事の質が落ちれば、会社の業績が落ちる…。悪循環だ。

 人は、生きるために仕事をしているのであって、仕事のために生きているのではない。
 

キノコの原木作り、やりませんか? 

 今シーズンは、幸いにしてキノコの原木に適した丸太が沢山入手出来た。特にアカシアは豊富で、これはヒラタケ栽培に適している。アカシアほどの量ではないが、ヒラタケやシイタケ栽培が出来るシデもある。こんなにあっても、私一人では食べきれないほどのキノコが採れてしまうだろう。

 そこで企画してみました。「キノコの原木作り会」を開きます。日時は、平成19年5月5日(土)11:00~。場所は埼玉県比企郡小川町の東武竹沢駅近く。参加費用は、丸太1本(長さ1m前後)につき500円(コマ菌代込み)。とりあえずシイタケ用のコマ菌を500個と、ヒラタケ用のコマ菌を1,500個用意しました。もちろん当日作製した原木は、作製者の所有物となります。
 参加してみたい方はおられますか? おられましたら、当ウェブログのコメント欄から、お名前(本名、俗名、戒名、渾名、源氏名可)、ご住所、電話番号、メイルアドレス(省略可)を明記の上、お申し込み下さい。個人情報が記載されているコメントは公開いたしませんし、変な用途には用いませんのでご安心を。

 採れたてのキノコの味は、格別ですぞ。 

乗り物三昧。 

 1週間遅れの日記。

 4月14日(土曜日)。
 朝、アクティ4WDで薪集めに行く。クラッチがズルズルだが、まだちょっとくらいなら走れる。玉切り丸太を積んで、最後のご奉公。
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▲アカシアとクリ玉切り丸太を積んだアクティ4WD。働く車として頑張ってもらう。

 午後は、陣と一緒にセロウに乗って、利根川南岸で開催されるMV(ミリタリービークル:軍用車)の集まりへ。天気は快晴。暑くもなく寒くもなく。実に気持ち良い。
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▲セロウに乗る陣。カゴから飛び降り痛い思いをした経験からか、いつもおとなしく乗っている。

 夕方から、東武東上線、秩父鉄道、JR高崎線と電車を乗り継いで、鴻巣(旧:吹上町)に住む友人に預かってもらっていたジムニーSJ30FKを引き取りに行く。ローカル私鉄は、ちょっとした旅気分にさせてくれる。本を読んだり、ウェブログの原稿らしきものを書いてみたり。それにしても、高崎線に限らずJRはやたらと揺れるし運転が荒い。民営化されているとはいえ、体質は今でも「親方日の丸」なのだろう。
 鴻巣からの帰りは、もちろんSJ30FK。煙の量は多いものの、ポロンポンポンポンと快調に吹け上がる。履いているゲタ山にフラットスポットが出来ているらしく、速度に合わせてゴトゴツするが、小川町に入る手前あたりからは気にならなくなった。2ストローク特有のフィーリングが懐かしいし、シフトも小気味良く、運転しているのが楽しくなる。ハーフドア越しに入って来る夜風も心地良い。リアから巻き込まれる排煙で目が痛いけど…。
 小川町に戻ったら、今度はジャイロX改に乗り替えて薪材探しへ。ヘルメット着用義務がない青ナンバー登録のジャイロX改は開放感があり、気軽にヒョイヒョイ乗れる便利な足。積載能力があるので、150kgくらいなら運ぶことも出来る。
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▲玉切り丸太を積んだジャイロX改。リアだけでなく、ステップやフロントも積載スペースとして活用出来る。

 4月15日(日曜日)。
 朝、再びセロウに陣を乗せてMV集会へ「掘り出し物」を探しに行く。
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▲MV集会には露店が並び、何かしら掘り出し物が見つかる。

 午後からは、セロウに乗ってネットオークションに出ていた軽トラック(サンバー4WD)を見に、ケロ山町へ。
 その後、なぜかセロウはサンバーの荷台に載せられ、私はサンバーの運転手に。ついでながら、ちょっと足を伸ばしてお世話になっているたなべさん宅を訪問。
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▲なぜかセロウがサンバーの荷台に。

 帰宅後は、SJ30FKを自宅前から「置き場」へ移動。ここは、薪材や車両を保管するために借りた場所。アプローチがV字にえぐれた急坂なので、四駆しか乗り入れられない。たとえ四駆であっても、ラインを間違えればスタックする。軽トラでも乗り入れられるように、SJ30FKで何回か走って道作り。勢い余って、草ボーボーの置き場内をぐるぐる走り回って、藪漕ぎを楽しみながら軽く整地。
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▲「置き場」へのアプローチは、こんな感じ。オフローディング好きの心をくすぐる。
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▲「置き場」に置かれたSJ30FK。手前は整地した場所。

 暗くなってからジャイロX改に乗って、寄居町で見つけた美味しいラーメン屋さんへ。復路はスーパーに立ち寄り、牛乳とミルクティーと発泡酒を購入してから帰宅。

 風呂から上がり、発泡酒をプシュッ。ほど良く酔いながら休日を振り返る。うーん、乗り物三昧だったなぁ…。

 さて、そろそろシイタケとヒラタケの原木作りでもやるか。その前に、引っ越し荷物を片付けなきゃ。

いい歳こいて。 

 1週間ほど前の話。

 仕事帰りの電車の中。向かい側の席に座っている50年配の男性が、携帯電話でテレビを見始めた。
「そっか。今どきの携帯電話は、テレビも見られるのか…」

 それにしてもうるさい。イヤホンくらい付けろよな、まったく。いい歳こいて、何やってんだ、このオッサン。

 オッサンの右隣に座っている男性は、オッサンを無視しているのか無表情。左隣に座っている女性は、露骨に迷惑そうな顔をしている。
 テレビを見続けているオッサンの無神経ぶりに腹が立って来た。

 オッサンの前に行き、軽く膝をたたく。気づいたオッサンが顔を上げた。
「うるさいですよ」
 と言うつもりだったのに、私の口から出た言葉は、
「おいオッサン、うるせーんだよ!」
 あちゃー。いい歳こいて、なんと下品な。
 我を恥じつつ席に戻る。
 しかし、このオッサン、なかなか図太い。引き続きテレビを見ている。このヤロー。
 再びオッサンの前へ。三白眼で睨みながら、
「うるせーっつってんだろ!!」

 次の駅で、オッサンは降りて行った。

 向かいの女性が笑みを浮かべ、軽く頭を下げていた。

生き返る。 

 考えても考えてもわからない時や、消えてなくなりたくなる時は、自分が壊れる寸前まで自分を追い込み、脳を働かせてから、眠剤を適量飲んで寝る。

 これが、7年以上の闘病生活で得た私なりの対処法。

 目が覚めた時には、かなり生き返っている。「復活」具合が足りない時は、すぐ眠剤を飲み、また寝ればいい。

 この療法、ある知人から「異なる障害が出かねない」と忠告されたが、なぁに、危険は承知の上だし、「限界」付近も自分自身で実験済みだ。かなり加減を誤ったとしても、気にするこたぁない。

 今日は早朝に目覚め、生き返ることが出来た。
 肩幅に足を開いて立つ。深く息を吸い込みながら口の前で両の正拳を強く握り、ゆっくり息を吐きながら腰まで下ろす。少年時代に身につけた動きは、30年を経ても変わらない。
 気合いを入れて、仕事に行くとしよう。

わからない。 

 昨日の夕方、私が勤務する営業所の所長から、
「話があるんですけど、今、いいですか?」
 と、外の喫茶店に呼ばれた。

 今、勤めている会社は、これまで経験したことがないほど理想的な職場環境なのだが、なんだかいろいろなことがわからなくなってしまった。

 考えれば考えるほどわからない。どんどんわからなくなる。
 仕事のことも生活のことも、何もかもわからなくなる。

 誰かに相談すべきかも知れないが、私が帰宅するのは2100時すぎ。そんな時間に、相談相手となってくれる人がいない。いないから、一人で考える。考えて考えて考え込み、もっともっとわからなくなる。

 考えても考えてもわからないなんて、やっぱり私は本物の馬鹿なのだろうか。わからない。
 こんな馬鹿が会社の役に立っているのだろうか。わからない。
 私はいったい何なのか。わからない。
 そもそも存在している意味があるのだろうか。わからない。
 思考が錯綜している。
 いっそ消えてなくなった方が良いのだろうか。わからない。
 生きている意味さえわからなくなる。
 …。
 …。
 わからない。
 わからない。
 …。
 …。

陣の散歩。 

 陣の散歩は、1日2回。朝・出勤前と、夜・帰宅してから連れ出す。

 熊谷にいた頃、まだ生後2ヵ月ほどだった陣は、散歩に出るのをいやがることもあったが、今では楽しみにしているらしく、私が小屋に近づくと、
「さぁ、散歩に連れて行け」
 とばかりに尻尾を振りながらじゃれついて来て、繋留チェーンからリードに付け替えると、グイグイ引っ張る。

 散歩に出ると、まず菜の花が咲く土手でオシッコ。まだ子供なので、片足は上げられず、腰を落として用を足す。それを終えると、ニオイをかぎながら急ぎ足で進み、落ち葉の積もった道端でウンコする。
 それにしても、ウンコしている時の犬って、なんて間抜けに見えるんだろう。

 散歩のコースは大まかに決めているだけで、その日の気分で変える。3kmくらい歩くこともあれば、時間がなくて1kmくらいで終わらせることもあるが、最後は必ず家の前にある250坪ほどの空き地でリードを外し、10~30分ほど自由に走り回らせてやる。全力で走ったり、坂を駆け上がったり、穴を掘ったり、得体の知れないモノで遊んでみたり…。
 短い時間だが、陣は思いっきり自由を楽しんでいるようで、ひとしきり遊び終えると私のところに戻って来る。
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 以前は室内飼いで風雨にさらされることなく暮らしていたが、粗相をしては顔の形が変わるまでボッコボコに殴られていたし(そんなことしてたのかよ。ギャクタイじゃねーのか?)、散歩コースも無機質な場所で、リードから放してもらえることもなかった。

 それを思うと、今の陣は、飼い犬として幸せな方かも知れない。
 

物色中。 

 クラッチが滑り始めたアクティ4WD(昭和63年式)は、現在走行8.5万km。昨年3月にネットオークションで購入して以来、大活躍してくれたが、使い方が荒い(ユンボしかいない伐採現場にもガンガン乗り入れて行く)せいか、状態は良くない。
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 当然クラッチは要交換。先日伐採現場で丸太を腹の下に抱えてしまったことが原因でプロペラシャフトが少し歪んでいるから、これも要交換。タイミングベルトも交換しなければいけない時期だし、フロントブレーキのパッドもリアブレーキのシューも減っている。昨年11月に車検を受けるにあたって、アルミ板(空き缶)やパテ盛りでごまかしていたテールパイプは、いつの間にかもげ落ちていてタイコから先がない。これも要交換。
 これだけの不良箇所をまともに修理に出したら、いったいいくらかかるだろう。休日ヒマを見てコツコツ修理するにしても、部品代だけでかなりかかりそうだ。
 友人や職場の仲間(いずれも2級整備士)に訊いてみても答えは同じで、買い替えた方が得策のようだ。私もそう思う。
 モノは長く大事に使うのが、私の主義でありスタイルでもある。でも、どんなモノでもいつかは見切らなければならない。
 そんな事情から、今、アクティ4WDのあとガマとなる軽トラを探している。条件は、四駆で、エンジンや駆動系等の機関良好であること。それだけ。現行規格でも旧規格でもいい。排気量は、660ccでも550ccでも構わない。メーカーも年式も色も問わない。ミッションは、出来ればマニュアルがいい。パワステはいらないし、エアコンもいらない。外装がボロでも気にしない。車検が残っていると嬉しいが、軽整備で車検ラインを通せるコンディションであれば、なくてもいい。
 理想を言えば、ハイゼットの農用スペシャルデフロック付きとか、エクストラローのあるアクティアタックとか、営農サンバーとか、赤帽サンバーとか、デフロック付きキャリイとか、機械式L.S.D.付きミニキャブとか…。でもあくまで理想であり、贅沢は言わない。
 価格は、なるべく安く。出来れば一桁万円で抑えたいところ。

 格安四駆軽トラ情報、ございましたらお寄せ下さい。


冗談が現実に。 

 野宿愛好家集団「寺崎組」の組事務所は、神奈川の奥地、山梨との県境近くにある。そこでは、定期的に「寺崎組新聞」という機関誌の制作および発送作業を兼ねた宴会が開かれ、労働奉仕希望者たちが集う。
 寺崎さんや、その仲間たちとお会いする良い機会でもあるので、4月7日(土)、アクティ4WDの助手席に陣を、荷台に薪をどっさり乗せて、組事務所へと向かった。
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▲助手席に座る陣。車やバイクに乗せると、陣はおとなしくなる。
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▲薪を積んで、熊谷からの出陣前

 話が数日前に戻る。

 寺崎組ホームページの掲示板にて、寺崎組長が作業スタッフを募集していたので、
「薪を積んで行きますよ」
 と書き込んだところ、
「550軽トラで大垂水峠が越えられる程度の量で…」
 と返信があった。
 チクショー! ウチのが550だからってバカにしやがって!(おっと失礼)。大垂水なんか1tくらい積んだって(そりゃ積み過ぎだよ)越せるわい。こーなりゃ山ほど積んでったるっ!
 熊谷の家には、片付けなければならない薪がまだまだ沢山あるから、これを積み込めば良い。
 かくして私は「薪運び屋さん」となった。この時点で、組事務所へ行く主たる目的は、「作業を手伝うこと」から「薪を届けること」に変わってしまっている。もちろん、それ以前の目的として、「飲み」があるのだが…。
 しかし、半ば冗談の寺崎メッセージが現実のものとなろうとは、思いもよらなかった。

 小川町の自宅を出てから一旦北上。熊谷に立ち寄って、カシ、ムク、アカシアなど上質の薪をしこたま積み込んでから南進に転じ、神奈川の奥地を目指す。
 いったい何kgくらい積んだのだろうか。リアサスの沈み具合からして、最大積載量(350kg)かも知れない(それって過積載じゃねーのか?)。
 関東平野の淵を走るようなルートで、道中にはアップダウンが何ヵ所かある。その一つ、東京西部のとある上り坂にさしかかった時、トラブルが起こった。
 4速走行では失速するので、ダブルクラッチを踏んで回転を合わせ3速へシフトダウン。しかし、エンジンの唸り具合と車速が合わない。
「あれっ?」
 2秒ほど考え、状況が把握出来た。
「ありゃりゃ、クラッチが滑り始めちゃったよ!」(だから積み過ぎだってば!)
 これはヤバい。まだ大垂水峠が残っている。滑り始めたクラッチで、果たして越えられるのか?
「まぁんず、なじょすっぺ(さて、どうしようか:たぶん宮城弁」
 冷静を努めて考える。
 とりあえずは前進も後進も可能なので、完全にクラッチが逝ってしまった訳ではない。通常よりも低いギアを使い、クラッチに負担をかけないような運転を心がければ、目的地までたどり着けるだろう。組事務所に着いて薪を下ろせば、帰路も走行可能と判断した。
 以後は、いつクラッチのスリップ量が増大するか、ビビリながらの運転。ハザードランプをたいて左隅をソロソロ走り、なんとか大垂水峠を越えて目的地にたどり着けた。
 トラブルを抱えての運転なんて慣れっこだが、その夜、寺崎組の面々と飲む酒がなんとうまかったことか。
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▲寺崎組事務所へ積んでいった薪。最大積載量を超えているかも。

 話は、これで終わらない。

 翌4月8日までには、熊谷にある薪のうち最低でも1/10は小川町へ運び出さなければならない。そのためには軽トラが要る。ジープにも薪は積めるが、3ナンバー化してあるので積載能力が低い。レンタカーも含め、誰かからトラックを借りている時間的余裕もない。
 となれば、アクティで運ぶしかない。
 熊谷-小川町間は、約20km。クラッチがズルズル状態の旧々規格軽トラックにフル積載で、大丈夫なのか…。
 当日運ばなければならない熊谷の薪を積み込んだところ、神奈川奥地行以上にリアが沈んでしまった。薪の山に荷台シートをかけ、その上から2本のロープで緊縛。これで行くっきゃない!
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▲熊谷から小川町へ運ぶ薪の山。この上にシートをかけてロープで縛る。

 それにしても、クラッチが滑っている感覚というのはイヤなものだ。いつ動けなくなってしまうかヒヤヒヤしながら、なんとか小川町に到着。安心と同時に、妙な達成感があったりして…。
「やれやれ、なんとか無事に帰って来られたゼ」

 車の運転は楽しいし、車が快適性と縁遠くなるほど、もっと楽しくなる。でも、スリルやリスクは少ない方が良いと思う。
 冗談が現実になることも少なくないのだ。

春の朝。 

 タバコを1本吸ってから、陣をつれて散歩に出る。
 あちこちから聞こえるウグイスの声、名も知らぬ野鳥のさえずり、萌える緑、満開の桜、咲き乱れる菜の花…。
 透明感のある鮮やかさに包まれて、春の1日が始まる。
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盛者必衰。 

 初めてアルバイトしたのは、高1の冬休み。横浜駅西口近くのダイエー食品売り場だった。貴重な社会経験をさせてもらい、以来、ダイエーには恩を感じている。

 全国各地にあったダイエーもバタバタと閉鎖され、以前の家の近くにあった熊谷店や行田店も、例に漏れず潰れた。それでも、今の職場の近くには生き残り店舗があり、ときどき副食や食後のデザートを買いに行く。
 客はまばら。電気代を節約しているのか、店内はどこか薄暗く、売り場にも活気が感じられない。ひとことで言うなら、さびれている。

 昨日は、無性にアメリカンドッグが食べたくなり、惣菜売り場へと足を向けた。
 しかし、目的のアメリカンドッグはたくさんあったものの、ケチャップが見あたらない。近くにいた店員を呼び止め確認してもらったところ、店頭どころか裏にもストックがないという。
 ケッチャップのないアメリカンドッグなんて、醤油をつけない寿司みたいなもの。パック寿司の中や、その近くには、必ず醤油があるように、アメリカンドッグにもケチャップがセットでなければならない。欲を言うなら、マスタードか辛子も欲しい。
 惣菜売り場には、コロッケやトンカツ用とおぼしきソースや醤油はたっぷり置いてあるのに、ケチャップがないなんて…。これは、不完全な食品(商品)を売っているに等しく、ケチャップの在庫がないならアメリカンドッグを店頭に並べるべきではない。もし大阪あたりでソースのついていないタコ焼きを売ろうものなら、きっと新聞ネタとなるだろう。

 どうしてもアメリカンドッグの安っぽい味が恋しくて、しぶしぶレジを通ったが納得出来ず、そのままサービスカウンターへ行き、返品。ついでながら店員に毒づいたところ、奥から「店長代行」とか書かれた名札をぶら下げた男が出てきて、こうのたまった。
「それ(註:ケチャップやソースのこと)は、サービスですから」
 言うにこと欠いて「サービス」だと? ずいぶん恩着せがましいことを言いやがる。ってことは、なにかい? ない時は諦めろってことか? バカ言ってんじゃねーよ!
 30年前なら、店頭に置いたソースや醤油をガメて行く輩もいたろうよ。でも、今は時代が違う。ソースもケチャップもついているのが当たり前で、セブンイレブンだろうとローソンだろうと、アメリカンドッグを買えばケチャップとマスタードがついてくる。高速のサービスエリアも然りで、ケチャップ&マスタードかけ放題のところも多い。
 そんなご時世に「これはサービスだから我慢しろ」という態度を取られるとは、思ってもみなかった。あきれたよ、あたしゃ。
 ついでに触れておくが、ダイエーで買い物して領収証をもらう場合、いちいちレシートをサービスカウンターへ持って行かねばならず、誠に面倒くさい。今では、レジ発行の領収証が一般化しているというのに…。いつまで旧時代的なシステムのまま、客を煩わせるつもりなのか。

 ケチャップといい領収証といい、ダイエーのやっていることは、どこか殿様商売的で、客の視点に立って考えることがおろそかになっている。
 もともとダイエーは、客を大事にしたサービスと安さで人気を得、全国に拡大したのではなかったか。大きく成長した結果、本来の良さを失ってしまったように思える。「大男、総身に知恵がまわりかね」。

 商売は、客がいてこそ成り立つ。客への配慮に欠けた売り場の現状を見ていると、ダイエーが廃れてしまった理由がよくわかる。

 盛者必衰。おごれるものは久しからず。

少し改善。 

 先日、足のニオイについて書いたところ、思いがけず多くの方からコメントを頂戴した。まさかこんな話題にこれほど反響があるとは…。ひょっとして、みなさん強烈な足のニオイに興味がおありなのだろうか?(んなわきゃねーよ!)
 頂いた対策のうち、まず手間のかからないものから実践してみた。
 靴下が古くなっていた(長いもので15年以上、短いものでも3年以上使っている)ので、これを機会に5本指靴下を買った。規格未満と思えるほど足が小さい私に合うものがあるか不安だったが、実際に履いてみると、足が蒸れずに具合がよろしい。
 仕事へ行く際に履く靴も、何年履いているかわからないくらいボロボロのスニーカーから、引っ越し段ボールの底から発掘された少しはマシ(でもボロ)なスニーカーに替えてみた。
 みょうばん水が効果的らしいが、これはまだ試しておらず、「次策」として残してある。
 それでも、ひところに比べると格段にニオイは弱まった(と思う)。隣のNさんがどう感じているかは知らないが、私にとっては劇的な変化(大袈裟だよ!)だ。これなら、心おきなく椅子の上であぐらがかける。

 心配して下さったみなさん、心から感謝です。

丸太集めと棚作り。 

 昨日は、家のまわりに積んである玉切り丸太をきれいに積み直すため、薪棚を2ヵ所に作った。そんなことやる前に、部屋の中を片付けなきゃいけないのに…。

 まず、今積んであるコナラの玉切り丸太約400kg分を移動。これがけでも結構汗をかく。空いたスペースを採寸して、あらかじめ買っておいた2×4材をカット。防腐剤をペタペタ塗る。
 防腐剤が乾くまでしばらく時間があるので、軽トラにチェーンソー等の薪集め道具一式を積んで、丸太集めに出発。ひとまずコナラとアカシアとクリが切り倒されている現場へ行き、アカシアを3尺前後に切って、荷台いっぱいに積む。このアカシアは、ヒラタケ栽培の原木にしよう。
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 自宅に戻りアカシアの丸太を下ろして昼メシを食ったら、今度はケヤキとムクノキとシデが切り倒されている現場へ。直径40cmクラスのシデを玉切りしてドカドカ荷台に積み、その上にシイタケ栽培の原木となる直径10~20cmのシデを積む。これまた荷台をいっぱいにして、自宅近くにタダで借りている「置き場」へ。
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 防腐剤が乾いたところで、薪棚作り再開。設計図(というより、ただの落書き)通りに切った2×4材をビスで組んで行く。
 ちなみに私は、木材で何かを組みたてる時、釘を用いず、もっぱらビスを使う。コスト高になるが、釘より強度があるし、分解・再組み立てもやりやすい。
 カットした寸法が合わなかったり、防腐剤の塗り忘れがあったりという些細なトラブルはあったものの、夕方には1つ目の薪棚が完成。大工さんが見たら笑っちゃうような作りでも、自己満足にひたる。コナラの玉切り丸太を積んでみたところ、なかなか良い雰囲気だ。
 薪は、積んでいるだけでも心が温まる。次は、どこにどんな薪棚を作ろうか。
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ホダ木。 

 熊谷で家族と暮らしていた頃は、太さ10~20cmのコナラやクヌギが手に入ると、よくシイタケのホダ木(シイタケ栽培の原木)を作った。一番多く作ったシーズンでは、確か100本くらい手がけたように記憶している。これだけあると自分の家族だけでは食べきれないほどのシイタケが採れるので、友人・知人にホダ木を分けたりもした。四駆のイベントに招待された時、
「何か賞品を持ってきてくれ」
 と頼まれ、自家製ホダ木を持参したこともある。

 昨日の記事に書いたように、今回、シデの木が大量に入手出来た。コナラやクヌギに比べると、ホダ木としての質はやや劣るらしいが、趣味の範囲で作るのだから、気にすることはなかろう。
 ホダ木作りは、別に難しい作業ではない。適当な木にドリルで穴をうがち、種苗屋さんで買ってきたコマ菌を木槌で打ち込めば出来上がり。あとは、これを適度な湿気と風通しのある場所に置いておけば、早くて半年で勝手にシイタケが生えてくる。
 何せシロウトなので、シイタケ農家のようにうまくは出来ないが、それでも満足度は高く、シイタケが生え始めた時の感動はひとしお。
 採りたてのシイタケを薪ストーブで炙り、ちょこっと醤油をたらして食す。これがまた酒に合うのだ。

 そんなことを考えていたら、無性にホダ木を作りたくなった。引っ越し荷物の片付けなんか後回しにして、ホダ木を作っちゃおうかなー…。