一周忌。 

 幸いにして私には、今年で喜寿を迎えた父や16年前に他界した祖父を含め、尊敬出来る人が何人もいる。

 昨年の今日、尊敬している人が鬼籍となった。作家・吉村 昭さん。お目にかかったことはないが、作品を通して、私は吉村さんから大きな影響を受けている。私の書く文章が吉村さんのものとはかけ離れていても、「吉村流」の姿勢や生き方には学ぶべき点が多く、それは私の生きる支えにもなっている。
 吉村さんの死を知ったのは、新聞の社会面。その後、新聞や雑誌に載った記事を読み、その死が単なる死ではなく、病の床に伏せりながらも延命治療を拒み、体に差し込まれた何本もの管を引き抜く、壮絶な「自決」であったことを知った。
 出来ることなら、直接お会いして、少しの時間でも良いから話を聞いてみたかったが、今ではそれも叶わぬ夢。
 吉村さんの文章に酔いしれながら、杯を傾け、ご冥福を祈るばかりである。

雨。 

 今日も、雨が降っている。
♪あンめぇにぃ~ 濡れながぁら~♪
 子供の頃よく歌っていた三善英史の「雨」が、自然に口から出てしまう。



 昨日も、朝から雨だった。早朝に目覚めたところ、雨音が耳に入って来たので、
「今日は仕事にならねぇな」
 と、二度寝。再び目覚めても雨が降っているので、ビール(らしきもの)を口にしてからさらに三度寝へ。汗臭く少し湿っぽい万年床に潜り込む。
 三たび目覚めた時には、雨足が弱まっていた。「非常食」に食事を与え、投票所経由で散歩に連れ出す。
 夕方近くなって、雲が厚みを増して暗くなり、大粒の雨が降り始めた。朝方のものと異なる雨は、やがて勢いを増し、遠くに聞こえていた雷鳴も少しずつ近づいている。
 部屋に明かりを灯し、届いたばかりのCCVを読みふけっていると、ときどき障子越しに雷光が入る。少しして、室内照明が消えた。停電らしい。野宿用の安物ヘッドランプを頭に付け、読書を続ける。
 程なく復旧したので、蛍光灯に切り替え、ビール(らしきもの)を口にしながら記事に没頭していると、一瞬、窓の外が光ると同時に轟音が響き、地面が揺れ、再び照明が消えた。
「近くに落ちたか…」
 独りごちながらヘッドランプのスイッチを入れ、記事の続きを追う。書きたいことや書かなければならないことが山ほどあって頭の中を整理出来ないままだが、酔いを自覚しながら夢中で文字を追う時間に、代え難い幸せを感じる。

 今日も朝から雨。昨日同様、二度寝と三度寝を貪ってから「非常食」を連れ出す。夜にはホタルの姿も見られる近くの小川へ行ってみると、驚くほど水位が上がり、激流と化していた。より自然に近い場所で暮らしていることを実感する。


 昨日と今日は、自然が与えてくれた休養日。軒先にぶら下げていた洗濯物も、玄関先で陰干ししていた半長靴も、みんなずぶ濡れになってしまった。庇の下に積んである木炭(商材)を詰めた箱も水をかぶってしまったが、これが自然というもの。「被害」と」受け取るか「恩恵」と判断するかの違いで、人間としての価値観が問われる。

 日付が変わろうとしている今も、雨は降り続いている。

やっちゃった。 

 またやっちゃったよ…。


「えっ? またやっちゃったの? 今度はどこで? 電車の中? 公園? トイレ? 更衣室? それとも階段の下? やっぱりな。お前、スケベだし、ここんとこ溜まってたみたいだかんな。だからデジカメ持ち歩くのよせっつったんだよ。一応商売道具だろ? それ。で、今度はどーなの? 執行猶予付きそう? 保釈金が払えねェ貧乏人だって国選弁護人は付くんだろ? いくら何でも、今度こそ実名報道じゃねーか?」



 そんな声も聞こえてきそうだが…。


 ちげーよ。いくらマトモじゃねーつったって、法に触れることはやらねーよ。



 でも…。前の一件から3ヵ月しか経ってねぇのに、またやるか? フツー。下の画像にて、すべてを察して頂きたい。
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 この後、中島飛行機(別名:富士重工)製の優秀なる機体は、三菱重工(別名:三菱自動車)製のエボにて、平均時速70kmで市中引き回しの刑に。しょーがねーじゃん。自走不能なんだもん。「持つべきものは友」とは言え、これで何回目の“引き回し”だ? 我ながら情けなくなって来る。
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 あ~あ、やっちまった。

 まだまだ運ばなきゃならない丸太がいっぱいあるってーのに。
 どーしよーかなぁ…。レンタル屋で四駆の軽トラ借りようかなぁ…。それとも……。代車のミニカ(ミニキャブじゃないよ)で運んだら、怒られっかなぁ…。


流行り言葉。 

 どうやら巷では、
「どんだけーっ」
 という言葉が流行っているらしい(えっ? もう古い?)。この言葉、企業やマスコミが無理矢理流行らせようとした背景が感じられず、若い世代ならではの純粋な陽気さが漂う。通勤に使っていた東武東上線の車内で耳にしたこともあるから、「生きた」言葉なのだろう。

 で、玉切り丸太を積んだ軽トラを運転しながら、考えなくても良いようなことをあれこれ考えてみた(シミュレーション もしくは 妄想)。
 もし、目の前で若い女性から、
「どんだけーっ」
 と言われたら、私はどう対応するだろうか…。

 たぶん、「平常時」を思い浮かべながら、右手の親指と人差し指で2cmくらいの隙間を作り、申し訳なさそうな小声で、
「こんだけ」
 と、言いそうな気がする。
 それとも、「臨戦」状態を想定しつつ、左右の腕を大きく広げて、
「こんだけーっ!」
 と、言ってしまうのだろうか…。
 いやいや、目を血走らせながらとっさに相手の指を3本握り、
「こんだけ!」
 と、言ってしまうかも知れない。失脚したそーり大臣みたいに。


 あ~あ、また下らないネタを書いてしまった。女性読者が去って行く…わかっていながら書いてしまう自分が悲しい。


汗びっしょり。 

 一昨日と昨日は、私が「コナラ山」と呼んでいる県内某所の山へ行き、運び出し作業を行った。ここには、今年3月に伐採されたコナラが何本も倒されたままになっており、山の持ち主との交渉も終えているので、あとは玉切りして運び出すのみ。
 しかし…。「運び出す」と言葉で言うのは簡単でも、これが結構な重労働。軽トラを止めた場所から、草をかき分けながら斜面を上がらなければならない。直線距離にして、最も近い倒木まで約50m、遠いものでも200m足らずなのに、気温が高めのこの時期は、500mくらい斜面を上がっているような気になる。
 汗をぬぐいながら現場まで上がったら、そこで足場を確保しつつチェーンソーで玉切り作業。そして、切った丸太を抱えて下る。玉切り丸太は、軽いもので15kg、重いものだと40kgを超す。
 上り以上に神経を使いながらゆっくり下り、軽トラの荷台に玉切り丸太を放り込むと、汗がドバッと出て息もゼーゼー。ペットボトルのお茶をゴクゴク飲んで水分を補給し、呼吸を整えてからまた上がる。上って、切って、抱えて下る。この繰り返し。
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▲一昨日は、これだけ運んだ。これで300kgくらい。軽めの玉切り丸太は、2本まとめて抱えて下ろす。直径40cmクラスだと、重量は40kg超。運び甲斐がある。


 1時間ほど作業しただけで、首に巻いたタオルはもちろんのこと、Tシャツも軍シャツも軍パンも、ついでに10年以上前ファッションセンターしまむらにて2枚組498円で購入したトランクスも、汗びっしょり。しぼると、汗がボトボト落ちる。汗がしみ込み重くなった軍シャツに鼻を近づけると、我ながら「汗くせーっ!」。
 時刻に関係なく、適度な疲労感を得たところで、1日の作業を終える。家に戻ったら、ぐっしょり濡れた着衣をすべて洗濯機の中へ投げ込み、全身の汗をぬぐってから乾いた下着に着替え、冷蔵庫で冷やしたものをパシュッとやって、人間用バイオエタノール燃料と水分を補給。部屋の中に風を通して(まだ団扇も扇風機も使っていない)、体を冷ます。

 2日間で運んだのは、およそ800kg。体力を消耗した割には、量が少ないなぁ。でも、メタボな部分がかなり減り、昨年に比べて胴まわりが7cmほど細くなっているのだから、よしとするか。

長野へドライブ。 

 一昨日は、0500時に起床。ニセアカシアとムクノキの玉切り丸太を計量しながらサンバーに積み込み、助手席に陣を乗せ、お客さんが待つ長野県の蓼科高原に向けて出発。何kg積んだかは、ヒ・ミ・ツ。
 国道254号線、同462号線、同299号線を使い、十石峠を越えて長野に入る。私がジープに乗り始めた頃は、スリリングなダートだった十石峠も、今では完全舗装。それでも道幅は狭く大型車が通らないので、重荷にあえぐサンバーでもマイペースで走れる。景色も良い。
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▲十石峠で小休止。

 長野に入ってからは、国道141号線をちょこっと走ってから麦草峠へ。標高2,127mのここを越えれば蓼科高原となる。
 目的の家を探し出し、商品(玉切り丸太)を下ろして、薪ストーブの前で美味しい紅茶とフルーツを頂きながら代金を受け取る。まいどありー。久しぶりの現金収入で、ホッと一息。

 第一の任務を無事に終え、今度はスズラン峠を越えてから県道40号線に入って北上。小諸市某所にあるたがみよしひささんのご自宅を目指す。このルートは気持ちが良く、空荷のサンバーは快調に走る。予定時刻よりも30分早く小諸に到着したので、コンビニでおにぎりを買い、適当に空腹をごまかしながら時間調整。
 たがみさん宅でイラストの下絵をチェックし、しばし雑談。さすがはたがみさん、こちらが要求する以上の下書きが出来ていた。昨年訪れた時よりも元気そうなお顔を拝見し、心が安らぐ。でも、生え際前線の密度が低くなっているような…。

 小諸からは、国道18号線で軽井沢へ。「軽井沢シンドローム」に登場する喫茶店「ら・くか」のモデルとなった「古月堂」に寄り、マスターと談笑しながらカレーを食す。オンシーズンだと言うのに、客は私一人。アウトレットモールが出来て以降、軽井沢と言えども南側の集客力が急速に増し、旧軽や新道に足を向ける人が減っているらしい。たしかに、以前のような活気が感じられない。
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▲ここが「ら・くか」のモデルとなった「古月堂」。たがみファンの聖地でもある。

 古月堂で食事を済ませ、少しのんびりしてからは、観光客渋滞を避けて裏道へ入り、和見峠を下る。あとは、小川町の自宅へ向けて走るのみ。
 気分転換を兼ね、少し離れた地域へ配達へ行くのも悪くない。私にしては珍しく朝の早い日帰り行は、中身の濃い1日でもあった。

 よしっ。たっぷり充電出来たし、薪材集めに精を出すとすんべ。
 

訛り。 

 宮城から帰宅して以降、中途半端な宮城訛りが頭の中でグルグルしている。話し言葉に訛りが出ないよう気をつけているのだが、思考はすっかり宮城弁。
「なぁぬ、久す振りで会うともだつ(友達)と宮城弁で喋ったんだおん。そー簡単に抜ける訳ねっぺわ」

 今回の宮城行きでは、たくさんのネタを仕入れられた。コンパクトフラッシュに記憶させた画像を見ていると、頭の中に次から次へと断片的な文章が浮かぶ。
「さぁて、次は、なぬ(何)から書くとすっかなや」


宮城県岩沼市。 

 ♪おぉれのーおー 生まれったぁところはぁ 宮城っけんっ♪
 福岡県生まれの私が吉川団十郎の「ああ宮城県」を口ずさみながら、幹線国道を北へと向かう。目指すは、宮城県の岩沼市。小学6年生(昭和51年)の5月から中学3年(昭和54年)の7月までの3年2ヵ月を、私はこの地で過ごした。悪い思い出もあるが、それ以上に良い思い出の沢山ある町で、私にとっては心のふるさとでもある。
 横浜へ引っ越して以降も、機会あるごとに訪れていて、高校へ進学する前の春休みと1の夏休みには、片道3泊4日かけ自転車で往復しているし、上野発常磐線各駅停車で行ったこともある。社会人となってからも変わることなく、ジープでは何回行っただろうか。RZ50で行ったこともあれば、ガンマ50で行ったこともある。最近では、一昨年夏にジャイロX改で行き、昨年秋はジープで訪ねた。そして今回の足は、225ccの初期型セロウ。
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▲宮城へ向かう途中、栃木県某所の道の駅にて。野宿道具もザックも、まとめてカゴの中に入れ、上からドカシーを被せてある。「それじゃあ重心が後ろにあるし、高すぎるよ」という声もあるかと思う。その通り。林道初走行で早々に転倒。以後、積み方を改め、ザックは背負う。

 岩沼を離れて28年になるが、これまで何回訪れたか、正確な数は記憶していない。たぶん50回くらいだろう。
 それほど行っているなら、さぞ素晴らしいところと思われるかも知れないが、実はそうでもない。観光名所らしきものは、自称「日本三大稲荷」の竹駒神社と、芭蕉の句に詠まれた二木(ふたき)の松があるくらいで、他は何もない。仙台という東北地方を代表する街から20km足らずなのに、駅前の一等地にあるのは「こんなところ、誰が利用するんだ?」と思いたくなるような中途半端にボロい旅館と自転車預かり所。メインストリートとなる旧国道4号線の商店街は、軒並みシャッターが下ろされていて閑古鳥すら見あたらない。太平洋に面していても、南側にある工場排水のおかげで海水は汚れているし臭いも強烈。だから海水浴場はおろか漁港すらない。地名の知名度(駄洒落じゃないよ)も低く、鉄っちゃんには常磐線の終着地として、道路オタクには国道6号線の終点として、飛行機マニアには仙台空港と航空大学校がある地として知られる程度で、宮城県民でさえ知らない人も多い。
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▲かつて住んでいたボロ官舎は姿もなく、今は国土交通省と国防省(正式には防衛省)が管理する更地。番地表記だと「宮城県岩沼市大字下野郷字北長沼4」だったはず。仙台空港にほど近く、岩沼市の中でも「辺境地」だが、ここから毎日約7kmの道のりを自転車で岩沼北中学校に通っていた。建物はなくなっても、懐かしさが漂う。
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▲運輸省の公僕だった父が勤務していた仙台空港。当時は小さなローカル空港だったが、今ではビルも新しくなり、国際線も乗り入れる「東北の空の玄関」となっている。自宅から近かったので、よく遊びに行った場所。

 そんな岩沼も、私にはひたすら懐かしい場所。訪れるたびに、かつて住んでいた官舎の跡地やよく遊んだ場所、卒業した小学校(岩沼小学校)や休まず通った中学校(岩沼北中学校)に足を向け、少年時代に思いを寄せる。
 そしてこの地は、13年前に過労死した親友が眠る地でもある。墓にタバコを手向けて手を合わせ、心の中で友と語る時間は、私にとって大切なとき。20代で黄泉の国へと旅立った友は、いつも心の中に生きていて、羨ましいくらいに若い。
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▲仙台空港からほんの少し東へ行くと、太平洋岸に出られる。工場排水の影響で、かつては波打ち際が泡立ち臭いも強烈だったが、今はかなり改善されている。実はここ、私が生まれて初めてちゅーした場所。よくもまぁ、こんなところで…。ガキだったなぁ。
 
 今回も、懐かしさを覚えながら地元民しか通らないような路地を走ってみた。
「たしかここは、○○君ちだったよな…。今でもいんのかや?」
「ここには△△さんがいたはず。あの子はめんこかったなやぁ」
 大きく変わってしまった場所もあれば、時の流れに取り残されたような場所もある。すべてが懐かしい。20年ぶりで会う友もいたし、28年ぶりで会う級友もいた。田んぼが減って宅地開発が進んでいても、人は変わっておらず、こんな私でも暖かく迎えてくれる。

 宮城県岩沼市。ここで私は、心の健康を取り戻している。

昨晩帰着。 

 昨日1430時、宮城県岩沼市と名取市の境界線付近を出発、国道4号線をひたすら南下してから国道50号線、407号線、140号線、254号線を経由する何とも味気ないルートで2215時、無事埼玉県小川町の自宅に帰着した。

 出発時は雨。宮城へ向かう途中も、雨、雨、雨。宮城に着いた翌日は雨が上がったものの、その翌日、寺崎組の面々と合流して以降は、雨、雨、雨、そして雨。
 野宿宴会から一夜明けてみれば、さらに雨。おまけに風。台風が近づいているらしい。2泊目の宿営地を定めて以降も、雨、雨、雨。

 二夜目が明け、野宿地で現地解散。一人残って「雨、上がったなぁ」と思いつつ、ぼけーっとしていると、今度は地面が揺れる。
「どーなってんだ? こりゃ」

 20年ぶりに会う友人や、30年ぶりに会う級友と昔話に花を咲かせ、胃袋を満たして帰路に着こうとしたら、またしても雨。流れの速い国道にルートを求めても、雨、雨、雨、そして雨。

 7月12日に自宅を出発してから帰宅するまで、約6日間900kmの外出。季節柄雨は覚悟していたが、始まりから終わりまで雨に恵まれた。自動2輪による初めての林道走行なので、最低でも3回の転倒を覚悟していたら、やはり早々にコケて左手と左膝にアザを作った。
 この数日間の出来事を「30本のエッセイにまとめよ」との課題を出されても、50本の原稿を書けるくらいにネタを仕入れている。さて、どのネタから書くとしようか…。


 今は、帰宅直後から口にした「きんばく」で酔っている。FAXの受信機には、たがみさんから送られてきた修正ラフ原稿があるし、メイルBOXを開いてみれば、迷惑メイルやジャンクメイルの山。郵便受けには、数日分の新聞と不在配達連絡票。表の犬小屋では、留守番の非常食がクンクン鼻で鳴きながらブンブン尻尾を振っている。


 あと味の良い疲労感と適度な酔い心地に身をゆだね、ひとまずは野宿テントよりも狭い万年床で体を休めるとしよう。「人間万事塞翁が馬」と言うではないか…。えっ? 使う意味が違うって?


先を越されちゃった。 

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 「金麦」。サントリーのビール味アルコール飲料で、最近よくコレを飲んでいる。社長だか会長だかの「熊襲(くまそ)」発言以降、サントリーの商品はなるべく買わないようにしていたのだが、ついなんとなく買わされてしまう不思議な商品。
 で、この商品名、皆さん何て読む? 「きんばく」? やっぱそうだよね。メーカーは「きんむぎ」としているが、私は缶に書かれた「KIN-MUGI」の文字を見るまで「きんばく」だと思っていた。
 「きんばく」か…。そう聞いただけで「スナイパー」とか「スピリッツ」とか「浪漫」とか、その手のジャンルを連想してしまう。えっ? そんな連想するの私だけ?




 というネタを書き進めるつもりで以前に下書きしていたのだが、先日、このネタが北関東にある某四駆会の掲示板(一部で有名らしい)に載っていた。
 しまった、先を越されちまったぜぃ。でも、同じ連想をする人間がいることを知り、ちょっと安心したりして…。
 ついでながら耳にしたところ、この「金麦」、テレビコマーシャルがすごくイイらしい。テレビをほとんど見ない私は、残念ながら見たことがないけど。


 寺崎組の「塾」に参加するため、今日はこれから野宿旅の荷造りをして、セロウで一路宮城県を目指す。野宿地では「きんむぎ」を飲みながら「きんばく」の話題に花が咲くのだろうか。ちょっと心配。連休明けには帰って来る…かな?


危険なお店。 

 群馬県から埼玉県北部にかけ、カインズホーム(本部:群馬県高崎市)というホームセンターが急速に展開していて、家から近くに店舗があること、手ごろな価格設定であること、品揃えが豊富であることなどから、よく利用している。しかし…。

 少し前の話になる。

 7月2日、買い物のため埼玉県本庄市(旧:児玉町)にあるカインズホーム児玉店に立ち寄った。竹箒が安かったので手に取り、レジへ向かおうと左方向へ体を向けた瞬間、左目と目頭に近い鼻の付け根に激痛が走った。思わず左目を手で覆い、その場にうずくまる。何が起こったのかわからなかったが、見上げてみて理解出来た。竹箒の隣にはレーキ(先端がギザギザ状になった土をならす金属製の道具)が無造作に陳列されていて、その先端が通路部分に大きくはみ出している。どうやらここに左目がぶつかってしまったようだ。
「いってぇー」
 他にも買いたい物があったので、左目を押さえたまま店内を歩いていると、左手にぬめり感が。
「ありゃ、血ぃ出てんじゃん」

 当初、たいしたケガではないと思ったのだが、そうでもないらしい。患部を見たくても、目とその周辺では見ることが出来ない。近くの店員を呼び止め、売り場でケガした旨を伝えると、奥の従業員控え室へと案内された。そこで傷口の消毒を受け、鏡を見たところ、鼻の付け根部分から出血している。左目にも痛みはあるが、まぶたに傷らしいものはない。きっと眼球が押される形でショックを吸収したのだろう。しかし、なんだかチカチカするし、視点がぼやけている。鼻の付け根も腫れている。
 応対した店長に、
「病院へ行きたい」
 と告げると、
「地元の人間じゃないので、どこに病院があるかわからない」
 との返答。帰ってからの仕事もあるので、やむなく軽トラを運転して帰ることにしたが、今にして思えば、仕事は二の次にして、ここで救急車を呼ぶべきだった。
 幸いにして幹線道路とはいえ田舎なので道はすいている。ほぼ片目状態でも何とか自宅までたどり着けた。
 疲れもあるし目や傷口も痛むので、翌日は休養。パソコンの前に座っても、キーボードがダブって見える。これではウェブログの原稿を書くこともメイルを打つこともしんどい。とりあえずカインズホームのホームページにある「お客様ご意見BOX」なるものに、状況を投稿。

 7月4日、やはり患部が痛むので、カインズホーム児玉店に電話をかけ店側の責任を尋ねたところ、
「陳列してある物に、お客さんが勝手にぶつかってケガをしたのだから店に過失はない」
 との返答。しかし、客の動線上に危険な物を並べておく陳列方法に問題があるのではないか。店長の見解には納得が出来ないため、本社の「お客様相談窓口」に電話したところ、
「当方に責任はない。警察でも裁判でもお好きなように」
 と、あしらわれた。この種の窓口のしきたりなのか、こちらは名乗らされても、相手は名乗らない。
 患部、特に左目の状態が心配なので、小川町にある日赤病院に連絡を取る。眼球検査を行う際に用いる薬剤の影響で、検査後しばらく視力が落ちるため、絶対に車では来ないよう指示された。タクシーを呼んで病院へ。 
 検査の結果、矯正により視力があるし、眼球に異常はないとのこと。一時的に左目の視力が落ちているかも知れないが、時間が経てば回復するらしい。ひとまず安心。でも、ただでさえ中身の乏しい財布から、診療費3,985円、タクシー代3,400円、計7,385円が消えた。

 その後、徐々に左目の視力は回復。運転もパソコン操作も問題なくなった。しかし、どうも合点が行かない。通路にはみ出してまで危険な物を陳列した店と、それに当たってケガした客。過失はどっちなの?

 7月9日、改めてカインズホームのホームページから「診療代と交通費を御社で負担していただけないか」と問い合わせたところ、今日になって児玉店の店長から電話が来た。内容は、前回と同じ。
「陳列してある静止物にお客さんがぶつかっているので、当方に過失はない」
 の繰り返し。
「どんな陳列をしようと、動いているのは客なのだから、ケガをしようと死んでしまおうと、店側の知ったこっちゃない」
 ということらしい。それって酷すぎるんじゃない? あまりにも無責任では?

 カインズホームが属する「ベイシアグループ」は、スーパーマーケットの「ベイシア」やコンビニエンスストアの「セーブオン」、カー用品店「オートアールズ」など、急速な店舗展開を進めている。きっと業績も右肩上がりなのだろう。
 今回の一件で、この企業体が急成長している理由を垣間見た気がする。客に対して「無責任」なら、余分な経費もかかるまい。客の状況よりも利益(もしくは支出削減)を優先する拝金主義なら、儲かって当然だ。

 カインズホームは要注意。売り場にはブービートラップが仕掛けられていて、それに引っかかり負傷しても、「引っかかるヤツが悪い」と開き直られる。
 これからカインズホームやベイシアへ行く時には、とりあえずフルフェイスヘルメットをかぶり、安全靴を履いて行くとしよう。まるで強盗のような格好だが、診療代やら交通費やらの余計な支出を抑えるためには仕方あるまい。


進行中。 

 以前、当欄に「薪屋さんを始める」と書いたが、特に店舗を持つ訳ではなく、ネットショップでの販売を考えていて、少しずつその準備が進んでいる。いつ開設するかは、まだ未定。時間を区切って時間に縛られるより、精神的なゆとりを持って進めた方が健康にもよろしい。今はまだオープン前だが、それでも薪はぽちぽち売れていて、結構忙しい。現状では、8月中頃までには形が出来上がるのではないかと判断している。

 せっかくネットショップを開くなら、より多くの人に楽しんでもらえるようなページにしたいと考え、タイトルページに用いるイラストや屋号のロゴなど数点を、漫画家のたがみよしひささんに依頼した。
 たがみさんの代表作でもある「軽井沢シンドローム」は、当時の若者(私も含めて)に大きな刺激を与え、これに影響されて四駆に乗り始めた人も多い。それだけに、当欄の来訪者には、たがみさんのファンも少なくないと思う。

 いずれ形が出来てくれば、当欄にて発表する予定。どんなネットショップになるのか、お楽しみに。
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▲たがみさんとの打ち合わせ。どのカットも「さすが!」と思わせてくれるものばかり。まだ初期ラフの状態なので、わざとピントをボカして撮影。仕上がりをお楽しみに。好きなクリエイターに作品を依頼するのは、編集者の醍醐味でもある。


筆記試験。 

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・設問1・
サンバーの荷台に載っているのは何か。次の中から選択せよ。
(1)薪割り機
(2)チェーンソー
(3)大人のおもちゃ
(4)ジープの部品

・設問2・
サンバーの荷台に載っているものの排気量を、次の中から選択せよ。
(1)33cc
(2)249cc
(3)121cc
(4)電動なので排気量はない

 上記2問とも正解された方の中から、抽選で「コナラの薪3束(約30kg)」もしくは「自動車整備工場用ガレージジャッキ(中型・約60kg・中古)」を進呈いたします。

そっくりさん。 

 岡山からの帰り道。内山峠を越えて長野県から群馬県に入り、コンニャク屋さんが並ぶ「姫街道」(何というネーミング!)をひた走る。神流川を越えて埼玉県に入った頃、気がつくと前を四駆が走っていた。ナンバーは「熊谷334・・・・」と、新しい。
「お、旧型プラドじゃん。今どきこんな車を中古で買う人いるんだなぁ…」
 と思いつつ、ナンバー灯に目を向けたら、そこには「PAJERO」の文字が。少し離れた場所に三菱紋もある。
「ありゃりゃ、新型パジェロじゃん。こんな車、新車で買う人いるんだ」

 8年くらい前に登場した90系(だったかな?)プラドのフロントマスクは、パジェロのショートにそっくりだった。そして最近登場した新型パジェロのリアビューは、プラドと見分けが付かない。

 国際的ともあろう企業が、パクリ合いかよ。


岡山。 

 名曲「なぜか埼玉」で知られる(?)さいたまんぞうは、実は岡山県出身で、地元では「おかやまんぞう」と名乗っているらしい(ホントかよ?)。

 という訳で、片道17時間かけて岡山へと行ってきた。目的は、これ↓
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を引き取るため。そう、かねてから憧れていた薪割り機!

 以前、当ウェブログで「薪割り機が欲しい」と書いたところ、なんと薪割り機を自作しているという方から連絡があった。これまでに何台か製作しているらしい。以降、メイルをやり取りし、過去の「作品」画像も拝見したが、どれも市販の薪割り機と遜色ない素晴らしいものばかり。そして最新型は、エンジンポンプによる油圧駆動で、エンジン部分と薪割り機本体を別とし、軽トラックでも運べて一人で積み卸し可能という。この画像も送っていただいたが、薪割リストならではのアイデアもふんだんに盛り込まれていて、一目見てシビレてしまった。
♪あシぃビレちゃったシぃビレちゃったシぃビレちゃったよぉ~♪

「ほしーの、ほしーの」
 と、三十路グラビアアイドル(立派だと思う)顔負けのラブコールを送ったところ、
「譲ってもいい」
 とのこと。エンジンポンプやシリンダーなど、使われている主な部品は、ネットオークションで入手されたらしいが、提示された価格は、原価を割っているのではと思えるようなもの。買うっきゃねーじゃん!
 引き取りに行くことを決意し、この時点で、初めて相手方に住所を問うた。返って来たのは「岡山県」。
「岡山って、山陽の岡山だよな…。遠いなぁ…」
 まさか大阪の向こうだとは思ってもいなかった。目の前が暗くなりかけたが、ここは思考を変える。岡山の隣は兵庫、兵庫の隣は大阪、大阪の隣は京都、京都の隣は滋賀、滋賀の隣は岐阜、岐阜の隣は長野、長野の隣は群馬、群馬の隣は埼玉。友達の友達は友達という論理で行けば、隣の隣は隣ということになる。つまり岡山とて埼玉の隣なのだ(バカか、おめェは)。
 新しく購入した全日本版のロードマップを眺めていたら、無性に岡山まで行きたくなってしまった。ざっと計算して、距離は700km強。なぁに、たいした距離ではない。

 かくして、薪集め道具一式と寝袋をサンバーに放り込み、助手席に陣を乗せ、岡山目指して出発したのであった。

帰着。 

 本日午後、無事に岡山より帰着。片道約780km。書きたいことや書かなきゃいけないことはいろいろあるけど、脳味噌がメルトダウンしかけている。

 それにても…。軽トラって快適だなぁ。