ジープ(Jeep)と薪ストーブ(暖炉) 焚き火屋店主、NPO森臨隊代表・菰田晴雄の呑気なウェブログ

ジープと焚き火をこよなく愛する人間の、時に間抜けで時に過激なウェブログです

2009-01-30

非常食の写真。

「おとーさん、カメラ貸してー」
 普段の生活にはカメラがないからなのか、拙宅に来るたび娘がカメラに興味を示すので、ズームとピントの合わせ方だけを教え、あとは自由に使わせている。こういう時、フィルム枚数を気にしなくて済むデジカメというのは、やはり便利な存在。
 下の写真は、正月休みで来た娘が好き放題に撮ったうちの1枚。飼い主の前では、こんな表情見せないくせに…。
非常食の写真。20090130-01

2009-01-27

J3の出物。

 私の記憶力は、ニワトリ並み。昨年お会いした人から、
「J3の出物があったら買いたい」
 と言われていたのだが、それが誰だったのか思い出せずにいる。
 で、比較的コンディションの良いJ3(昭和44年式・車検付き)を売りたいという情報が入った。興味のある方は、当方まで連絡されたし。

2009-01-26

転居計画一歩前進。

 さて、本格的に木こり仕事と薪屋稼業を営むにあたり、あれこれと転居先として適した空き家物件を探して来たが、今のところ「貸家探し その3。」(平成20年11月13日掲載)で記載した物件を買うことで交渉を進めている。
 いろいろ調べてみたところ、このあたりの不動産相場も下がっていて、私が想定していた金額の半分以下らしい。それでもまとまった金額が必要となることに変わりはないが、焚き火屋の業績が好調であることと、焚き火屋を支援して下さる方々からの協力により、金銭面での問題はクリア出来るめどが立ち始めた。
 目の前にある畑も裏山も敷地も屋内も荒れ放題の物件だが、ロケーションが良いだけに根気よく手を入れて行けば、住みやすくて仕事もしやすい環境となるだろう。
 まだまだ交渉ごとがあるから、ここに転居すると確定した訳ではないにしろ、一歩前進といったところか。

転居計画一歩前進。20090126-01
▲これが第1候補物件。矢印左側が納屋で右側が母屋。手前に広がる雑草伸び放題の耕作放棄地は、薪材置き場に適している。家の裏手にも土地があり、何かと活用出来そう。

2009-01-21

奇妙な夢。

 身体的な疲労のせいなのか、それとも自覚なしに精神的に疲れているからなのか、このところ睡眠リズムがおかしくやたらに夢を見る。
 そのほとんどは、いかにも夢らしくストーリーも場面設定も支離滅裂なのだが、今日の未明に見た夢は、1本の映画としてほぼ完璧に仕上がっていた。

 舞台となるのは、南アジアのとある平和な王国。そこに世界各地から招聘された客が集まる。その中には、なぜか「私」も含まれていて、その「私」を主人公としてストーリーが進んで行く。
 平和な王国らしく、話の展開は安穏としていて面白くもない。しかし、ラストにどんでん返しがあった。それまでチョイ役でしかなかった貧しい国からの人物(貧相な身なりだが、実は頭脳明晰な軍のスパイ)が本当の主人公で、かっこ良く活躍してきた「私」が、平和ボケしたただの馬鹿になってしまう。そして、一見平和な王国も、「治にいて乱を忘れず」の言葉通り実情は常に内乱の危機をはらみながら上手に平和を演じているのだとわかる。

 どうしてこんな夢を見たのか、よくわからない。ひょっとしたら、身のまわりに起こる出来事に浮かれやすい私の性格に対して、一種の警告だったのだろうか。
 それにしても、この夢を映像化出来たら面白いだろうなぁ…。残念なのは、目覚めてから2時間以上が経過し、夢の一部を忘れ始めているという点だろう。

2009-01-20

兄弟。

 三菱のナロウをローフードにしてミソっ歯グリルとWARN8274、バケットシートとロールバーまで付けてしまう酔狂な仕様は、実は私だけではない。
 一昨日の日曜日、もう1台の酔狂仕様が遊びに来た。私の愛機は昭和44年式のJ3がベースだが、こちらは昭和50年式のJ56がベースとなっている。2台並べてみると、さしずめ兄弟といったところか。25年間ハードに乗り続けている私の酔狂仕様は、さすがにヤレまくっているが、これは「貫禄」なのだと自分に言い聞かせてみたりして…。
 ジープや軽井沢シンドロームの話に花を咲かせるだけではとどまらず、しっかり丸太運びも手伝わせて(強制労働させて)しまったけど…、まぁいいか。小平の米ちゃん、これに懲りずにまた来てね!

兄弟。20090120-01
▲兄(右)と弟(左)のツーショット。リーフのへたり具合とタイヤ外形の違いで、車高に差がある。こうして見ていると、パイオニアツールを付けたくなって来た。私のJ3にも、こんなにきれいな時期があったんだよなぁ…。

2009-01-16

後日談。

 星3つの階級章を見て元気を取り戻したヤマダ伍長(仮名)は、その後も体調が良く、毎食全量摂取しているらしい。

 ある日、階級章を見せたタナカ看護長(仮名)が看護に当たっている時、ヤマダ伍長(仮名)が申し訳なさそうに口を開いた。
「実は…。ワシは伍長ではなかったんじゃ。嘘をついてしまってゴメンナサイ!」
 その口調には茶目っ気があったという。
「え? ヤマダさん(仮名)は伍長じゃなかったの?」
「そう。伍長よりずーっと下じゃった」
「じゃあヤマダさん(仮名)は何だったんですか?
「う~ん、一等兵だったかな? 二等兵だったかな?」

 食欲も戻り、毎夜の軍歌にも張りが出て来て、おどける余裕さえ見せるようになったヤマダさん(仮名)は、仕事のストレスで悩む若いヘルパーさんに対して、
「ワシはあと10年頑張るから、あなたも頑張りなさい」
 と、元気づけることもあるのだとか。ちなみにヤマダさん(仮名)は、86歳で末期癌。「あと10年」なんて、立派な気力だと思う。
 機会を見て、軍歌のCDを携えお見舞いに行ってみようかな?

2009-01-10

ひとまず…。

 めでたくJ3改MB風が復活! 預けていた茅ヶ崎の工場から小川町まで約120kmのドライブは、実に爽快。

 取り急ぎご報告まで。

ひとまず…。
▲えっ? くたびれたJ3改よりも後方の車両が気になる?

2009-01-09

大晦日。

 ふと、10日前を思い出してみる…。慌ただしい昨年を締めくくるにふさわしい多忙な大晦日であった。
 昨年晩秋あたりから小川町内5ヵ所に散らばっている薪材置き場の整理統合を少しずつ進めているのだが、最も離れた場所にある第2置き場を撤収し、そこにある薪材を第3置き場へ移すべく朝から搬出作業に取りかかることとした。
 幸いなことに、12月29日から友人が遊びに来ている。第2置き場の薪材はさしたる量でもないし、この友人に手伝って(強制労働とも言う)もらえば効率も上がる。
「なぁに、午前中には終わっちまうさ」
 気楽に構えていたが、その考えは甘かった。軽トラ1台では、運んでも運んでも第2置き場の薪材が一向に減らない。
「誰だよ? こんなに丸太を運び込んだ奴は!?」
 と、自分に対する怒りすら覚えたところで薪材が減る訳でもない。ひたすら運ぶ。手伝って(強制労働させられて)いる友人も、ひたすら運ぶ。
 ちなみに、第2置き場と第3置き場の距離は、約5km。結局、ハイルーフキャビンよりも高く丸太を積んで8往復。最終便を下ろし終えた時には真っ暗で、ラジオから「紅白」が流れ始めていた。
 丸太を運ぶことに慣れている私にとっても結構疲れる内容であったが、手伝った(強制労働させられた)友人には、かなり堪えたらしい。帰宅後、風呂から上がった友人は、缶ビールにも手をつけずコタツの部品と化し、イビキをかき始めた。

 3月までには引っ越さなければならない(転居先未定)し、それに伴い第1置き場も撤収することになるだろう。喜んで強制労働に従事してくれる…いや手伝ってくれる人を募集しなくっちゃ。

大晦日。20090109-01
▲とにかく積んで運んだ。1日8往復は、これまでの最高記録。

大晦日。20090109-02
▲最終便を積み終えたのは、日没をとっくに過ぎてから。はぁ、疲れたぜ。

2009-01-05

ハイキング。

 年が明け、2人の子供が遊びに来たので、近くのハイキングコースへと出かけてみた。
 ハイキングといっても、拙宅から山頂までは1.5kmほど。山歩きに慣れた人なら15分くらい、子供の足でも30分とかからない。
 たまには「仕事」を忘れて山に入ってみると、身近なエリアにも新しい発見があったりする。それに、元気な子供と一緒にいることで、活力もわいて来る。
「このゴツゴツした木がクヌギ、似ているけどこっちにある表面が銀色っぽいのがコナラ、あっちにある網目模様の木がアカシデ。向こうにある真っ直ぐな木は、スギとヒノキ」
 数年前は廃人だった私が、今は子供に木を説明している。
 少しは父親らしくなれたであろうか。

ハイキング。20090105-01
▲父と子、3人で写真を撮るのは、おそらく初めてだと思う。この後の下山中、陣に引っ張られながら落ち葉で足を滑らせら娘は、大転倒劇を演じた。

 | HOME | 

CALENDAR

MONTHLY

CATEGORIES

PROFILE

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

OTHERS