やはり鬱周期。 

 K藤さんと一緒に薪割りをしたことで、ダレた体調にもエンジンが掛かってきたような感じがしてのだが…、やはり鬱周期にあることに変化はなかったようで、見事にエンスト。何事もやる気が起きず、ただし体力維持のため食欲だけは落とさないよう気をつけ、ダラダラと過ごして来た。秋以降の本格的な繁忙期に備えての休養だと割り切れば良い。
 それでも少しは体を動かす気になったら、1時間だけでも良いから作業するようにしていた。原木の搬出とか、原木の玉切りとか、薪割りとか。やる気が出ない鬱状態での短い作業であっても、積み重ねればそれなりに進捗するもので、1週間で4本の原木が薪になった。重量にして約1t。
 再び断酒生活を始めたことだし、ネガティブな思考パターンを抜けて元気に動けるようになるには、あと数歩ってところかな。

やはり鬱周期。20100823-01
▲この1週間で作ったのは、主に「薪割り機でないと出来ない薪」。太い原木で節だらけの部分は、斧で割るにはかなりの労力を要するが、薪割り機なら強引に割れる。見た目はともかく、密度が高くて火持する良質な薪となってくれる。

鬱期の作業。 

 毎年夏は鬱周期となるのだが、今年も例外ではない。ただ、病気とのつき合い方もかなり慣れて来たので、鬱が酷くてどうしようもない日はぐったりしているとしても、少しでも動く気がある時は、作業をこなすようにしている。
 といっても、原木搬出のような重労働は避け、薪割り機による薪作りとか、刈払機での草刈りとか、軽めの作業が中心。地味だなぁ~。

鬱期の作業。20100814-01
▲暑い時期は体力消耗を避けるためにも、持てる機材を有効活用。市販の薪割り機ほど効率的ではないが、それでも威力は絶大。時間に縛られることなく、のんびり作業する。


 一昨日~昨日は、常連のK藤さんが玉切り丸太の購入と薪作りでご来訪。手伝いと称して斧を振ったし、K藤さんが薪割りに没頭している間に薪小屋を1棟作っちゃったし。暑さもピークを過ぎ、少しエンジンが掛かって来たみたい。

鬱期の作業。20100814-02
▲がっしりした体格のK藤さんが昨日1日で割った薪は、約1t。ご愛用のヘビーモウルGFを朝から夕方まで振ったのだから、日頃の運動不足はかなり解消されたはず。

不細工だけど良質な薪。 

 節が多かったり大きな節のある部分は、割り難くて厄介な存在。しかし、そうした部位は中の繊維が複雑に入り組んでいて密度が高く、抜群に火持ちの良い良質な薪となってくれることから、焚き火屋では敢えてその部位だけをカットし、「ブロック薪」として販売している。
 薪ストーブのような囲われた燃焼室で焚く場合、必ずしも長さが必要となる訳ではなく、むしろ体積が重要であることから、ブロック薪のような形状の薪でも不都合はなく、じっくり焚くには適しているので、ブロック薪を指定で買いに来る方も少なくない。
 今回、そんなブロック薪の他に、↓のような薪をラインナップに加えてみた。
不細工だけど良質な薪。20100809-01

 名付けて「ゲンコツ薪」。長年剪定を繰り返され、コブ状に成長した部位を薪として使える大きさにカットしたもの。剪定管理されて来たて樹木からのみ得られる貴重な薪でもある。
 見た目はグロテスクだが、火持ちの良さは抜群。難点は、長い薪のように積んで保管するのが難しいことと、インテリア的な目的には適さないということだろうか。

25年前の出来事。 

 昭和60年(1985年)7月31日1130時、1台の原付バイク・ホンダMBX50が横浜市中区の街道を元町から本牧方向へ快走していた。当時の原付にリミッターの類はなく100km/h超で巡航可能なモデルもあり、このMBX50も速度計を振り切った状態で走っていた。
 快調な走りであったが、山手警察署前の交差点を直進しようとした時、その事故は起こった。

 バイクを操る青年は、対向右折車線に2台の右折待ち車両があり、それらに動きがないことを目視確認して速度を落とすことなく交差点に入ろうとした。
 しかし次の瞬間、青年の視野に思いもかけないものが入って来る。直進車線を走行していた対向車が、突然、右折待ち車両を回り込むように方向を変え右折して来たのだ。当然、ウインカーも出していない。強引な右折車両は、対向して来るバイクを完全に見落としている動きだった。いや、右折待ち車両を起こしざまに舵を切ったのだから、バイクの姿ははじめから確認出来ていなかったであろう。
「間に合わないっ!」
 バイクの青年は何故かブレーキではなく加速回避を選択。しかし悲しいかな限界付近の速度で走行しているMBX50のスロットルを開けたところでそれ以上加速するはずもない。右折して来る車両の前を抜けようと、左へバンクさせた後右へ立て直そうとしたが間に合わなかった。
 右折車両がバイク右側に衝突。その勢いで青年は7mほど飛ばされから路面に叩きつけられ、さらにアスファルト上を10mほど転がされ、歩道奥のフェンスに当たってようやく動きを止めた。

 現場が警察署の前だったこともあり、事故の一部始終は警備の警官が目撃していた。この警官も含め、目撃していた誰もが、
「死んだ」
 と思ったらしい。それほど激しい事故だったが、青年には意識があった。
 警察署の反対側には消防署があり、事故直後には救急車が到着。血まみれでボロ雑巾のようになった青年は最寄りの救急指定病院へ搬送された。
 ショック状態、全身擦過傷、骨折ヵ所不明、内臓損傷不明、頭部損傷なし。
 当時ヘルメット着用は義務化されていなかったが、青年がフルフェイスヘルメットをかぶっていたことが幸いした。アスファルトの上を転がったため、全身の至る所から出血し、肉がそげ落ちたヵ所もあったが、命に別状はなかった。
 それから3ヵ月、青年はベッドの上で暮らすこととなる。後の検査で、骨折と思われていた右足首は捻挫であることが判明。内臓にも異常はなく、派手な事故の割には外傷のみという結果であった。


 今でも事故の瞬間はよく覚えている。右折車を見た時の驚きは強烈だったし、路面を転がりながら「このまま死ぬのか」とさえ思った。血だらけの手でメットのシールドを開けた時に見えた夏の空は、この上なく眩しかった。
 もしあの時、加速回避ではなく制動回避を取っていたらどうなっただろう。おそらく右折車両の横っ腹に頭から突っ込む形となり、間違いなく死んでいたはずだ。

 今では小さくなった傷跡を見ながら25年前の出来事を思い出すと、少し涼しくなれる。