被災生活者が実感した「不思議水」の効果。 

 新しいオリジナル商品「焚き火屋の不思議水」について、以前の記事で2月20日発売予定と書いた。しかし、商品ラベルの仕上がりが遅れ、予約を頂いた分はにわか作りのラベルで代用して期日に間に合わせたものの、一般販売分のパッケージングに遅れが生じていた。
 私としても、どのタイミングで一般販売の開始を記事にすべきか迷い、そろそろ発表しようと下書きを進めている時に震災発生。新商品のPRどころではなくなっていた。
 3月16日の記事中、Toniおばさん(宮城県岩沼市)の被災生活において「不思議水」が大いに役立っていることに触れたが、実際どのように役立っているのかを聞くことが出来たので、以下に紹介したい。

・トイレ問題・
 当初は風呂に貯めておいた水で流していたが、1回あたり結構な水量を必要とするためすぐになくなってしまう。
 そこで、便座の下にペット用トイレシーツを敷いて用を足し、そこに「不思議水」をスプレーしてから丸めておく。これだけで異臭が発生することもなく、トイレ問題が解決した。
 また、1日以上トイレを流さない状態だと便器内に残った水が異臭を放ち始めるが、これも「不思議水」を1回スプレーして収まった。

・風呂問題・
 断水しているので、当然シャワーも風呂も使えない。体全体に「不思議水」を軽く吹きかけ少し時間をおいて絞ったタオルで拭くとサッパリするという。
 髪も同様で、「不思議水」を全体に吹きかけてからブラッシング。自然乾燥する頃には普通に髪を洗ったのと変わらない感覚らしい。坊主頭の私と違い「髪が命」の女性が言うのだから説得力がある。
 散らかった家屋内の掃除で汚れた手を洗うにしても、手に「不思議水」をスプレーし両手をこすり合わせてから拭き取るだけで済み、水を使うことはない。
 また、しばらく風呂場の水を流していないと、排水口から下水臭が逆流して来て浴室にイヤ~なニオイが立ち込めるが、これも「不思議水」を1回スプレーしただけで解決した。

・洗い物にも・
 断水状態が続き飲料水の確保は給水車が頼りという中で、水はとても貴重な存在。洗い物にも水は使いたくない。
 そんな時にも「不思議水」が役立っている。使い終わった食器や鍋などを立てかけて「不思議水」をまんべんなく吹きかけ、しばらくしてから引き取ると、きれいに汚れが落ちている。洗剤で洗ったのと何ら変わりない状態で、すすぎも不要という。

 Toniおばさんによると、何かと不便な被災生活にあっても「不思議水」のおかげで衛生面に関しては不安なく過ごせているし、そのストレスがないだけで精神的にもかなり楽だという。衛生さが保たれているというのは、被災生活を送る上で重要な点であろう。
 とても役立つアイテムなので各避難所に配ってやりたいが、ガソリン不足で思うように出かけられない。試しに最寄りの老人施設へ持って行き使い方と効果を説明したところ、たいそう喜ばれたらしい。

 薪ストーブのクリーナーや消臭剤としてだけでなく、災害時の備えとしても1本あるととても重宝する。何かと役立つアイテムであることを、知って頂きたいと思う。

被災生活者が実感した「不思議水」の効果。20110322-01
▲気になる方は、不思議水のページ(http://saishoh.com/hushigimizu.html)へどうぞ。

震災後の焚き火屋現況。 

 焚き火屋の業務のうち、斧や楔といった商材の輸入と国内発送は宮城県岩沼市に住む同級生のToniおばさんが担当している。地震発生後連絡が取れない状態にあったが、この人物に関しては例外的にさして心配していなかった。
 岩沼市の中でも西部に位置し、そこまで津波が到達したとの情報は入っていない。住居は比較的新しく、建てたのは地元のちゃんとした大工さんだから、家屋倒壊も免れているだろう。33年前の宮城県沖地震ばかりでなくその後もたびたび大きな地震を経験しているから、震災というものに関する知識や備えもある。
「連絡が取れないのはライフラインが断たれているからで、ヤツなら大丈夫だろ」

 そして昨日夕刻、ようやく携帯電話で本人と連絡が取れた。激しく揺れたにも関わらず家屋の損傷はなく、屋内にあった棚など「これは倒れるだろう」と思っていたものは全て倒れて中身が散乱。一昨日の夜から電気が復旧し、テレビで初めて震災の凄まじさを客観的視点から見られるようになったという。ただし光回線が復旧していないためか、インターネットへは接続出来ず、固定電話も使えない状態にある。
 こんな状況下で活躍しているのが、昨シーズンに導入した薪ストーブ(PICAN)と焚き火屋の新商品「不思議水」。
 灯油は入手困難でガスも電気も来ない中、薪ストーブがあるおかげで寒さをしのげたし煮炊きも出来た。給水車が巡回してくれるので飲み水には困っていないが、大量の水を要する風呂とトイレ、そしてゴミ問題には、入荷したばかりの「不思議水」が大いに役立っているという。これらの点に関しては、いずれ本人からの寄稿か、電話インタビューを私がまとめる形で、当ウェブログに掲載したいと思う。

 さて、焚き火屋埼玉事業所(ウチのこと)は、震災後も平常通り営業しており、受注した薪や玉切り丸太の発送も滞りなくこなしている。伐採現場からの原木搬出・搬入、置き場整理、来期以降に向けた薪作りもほぼ平常通り。ただし、日常品や燃料の買いだめ騒動で周辺のガソリンスタンドはどこも品切れ休業で入荷未定。一部の機材は予備燃料に切り替え始めたが、燃料は微量ながら各所に分散保管してあるので、当面は「平常」を保てるだろう。遠方への配達はお断りしているが、直接買いに来られる方は大歓迎。各斧の試し割りもいつも通り対応している。

 輸入商材と不思議水の注文に関しては、ひとまず埼玉事業所にあるもので対応するが、在庫量は少ない。宮城事業所の無事が確認出来たのでこちらからの発送も可能だが、現地の状況を考えると宅配便等の機能が麻痺状態にあるため、受注から送品配達まで時間を要するかと思われる。
 お客様にはご迷惑おかけることになるが、どうか現状をご理解頂きたい。

震災後の焚き火屋現況。20110316-01
▲震災翌日には若葉ウッドワークスの佐竹さんの協力を得て原木牽き出しと里山の手入れ。その翌日も翌々日も、丸太の搬出・搬入、薪作りと、いつも通りの作業を進めていた。予備燃料が5リッター未満になったら、エンジン機材を使わずに出来る作業、薪小屋作りや置き場整理に専念する予定。

震災。 

 私が暮らしている埼玉県小川町は地面の下が強固な岩盤地層であることから、地震が起きてもそれほど揺れることはない。その小川町で、しかも屋外作業中にはっきり分かる揺れを感じた。
「震度3クラスか? いずれにしてもどこかででっけー地震が起きたはず」
 軽トラに戻りラジオを聞いていると、それが三陸方面を震源としていることを伝えている。
「え? 三陸? 500km離れた揺れに強い小川町でこンだけ揺れたんだから、東北はとんでもねェことになってんぞ」
 急いで帰宅。自宅内外の安全性を確認し、テレビで情報を得ることにした。元宮城県民で昭和53年の宮城県沖地震を体験し、現地に友人・知人も多い私にとって他人事ではない。

 以前にも書いたが、私は小6(昭和51年)の春から中3(昭和54年)の夏まで宮城県岩沼市の最北部、仙台空港のすぐ近くで暮らしていた。通学先がある岩沼市内はもとより、北にある名取市、阿武隈川を挟んで南にある亘理町でもよく遊んでいただけに、どこに何があるか、集落や道路の位置などはっきり記憶している。
 テレビの画像は、そこが津波の濁流に飲み込まれて行く様子を克明に映し出していた。見覚えのある家屋や施設が、濁流に押し流されて行く。言葉を失った。私が住んでいた場所も父が勤務していた仙台空港も、既に津波に飲まれており、その景色はにわかに信じられない。

 今日で地震発生から丸3日が経過した。被災地に沢山いる友人・知人のうち、これまで安否が確認出来たのは生存1名のみ。現地ではライフラインが断たれているため、テレビは見られずインターネットも活用出来ない。固定電話も携帯電話も不通で、携帯ラジオのみが外部からの情報を得る手段となっている。
 業務用発電機も持っているし、日常的な範囲で燃料の蓄えもある。水も食料もある。救援機材/物資を積んで今すぐにでも現地へ向かいたいところだが、今の段階で私のような個人が現地入りするのは、指揮系統に則って救助活動に当たっている方々の邪魔になるだけ。
 もどかしいが、何事もなかったような生活環境にある今の私は、知人らの無事を祈るしかない。

趣味の道具修理稼業。 

 モノいじりが好きな性格が知られてか、道具の修理を依頼されるケースも多い。チェーンソーに限って言えば昨年末までに持ち込まれた8台(エンジン式6台、電動式2台)を復活させ目立ても行いスパスパ切れるようにしたし、エンジン不調の刈払機もキャブのダイヤフラムを交換したりギアケーズのグリスを入れ替えたりして、ちゃんと使えるように復活させた。

 先日、お客さんから、年季の入りすぎた斧が持ち込まれた。どうやら父か祖父か曾祖父が使っていたものらしい。ただ斧頭にグラつきがあるし錆だらけで、そのまま使用するには不安があるとのこと。
 見たところ斧頭の錆は表面だけだし、数ヵ所こぼれてなまった刃も研げば鋭さを取り戻せそう。柄は棒屋さんではなく使用者自身で拵えたものらしく丸太から刃物で削り出した痕がくっきり残っているし、おまけに少し歪んでいる。きっと愛着を持って使われていた斧なのだろう。
 こういう道具を見ると、俄然萌え…じゃない燃える。どう対処したら良いかだいたいの見当がついたので、補修を引き受けた。
 まず、斧頭と柄を外して組み付け状態を確認し、斧頭から着手。本体の熱持ちに注意しながら番手の細かい研磨ディスクで丁寧に錆落とし。刃の部分は研磨ディスクで錆を落としてからヤスリとサンドペーパーで地を出した。柄の入る部分は、180~240番の耐水サンドペーパーで錆落とし。あとは、毎晩薪ストーブの前でチビチビ飲みつつ研ぐだけ。中目の砥石で刃の形を整えながら状態を確認し、それから細目の砥石で刃をつける。
 斧頭が納得出来る状態になったら、次は柄の手入れ。いかにも素人作りらしい荒っぽくて歪みのある柄は味があるので、そのまま流用。ただし、握った手に刺さってしまいそうなささくれもあるので、そうした部分を取り除きつつ細かい研磨ディスクで汚れ落とし。錆で斧頭と固着していた箇所もちょっとだけ削り、柄との相性を良くした。
 斧頭と柄の固定には木製(おそらく樫)の楔が用いられていたので、ほぼ同寸の樫楔を入手して全体を組み付け。思いの外しっかり仕上がった。見た目も使い勝手も良くなり、古い道具を現役復活させたことで満足感もある。
 あとは依頼人が引き取りに来られるのを待つだけだが、使っているうちに木製部分(柄や樫楔)が痩せることも考えられるので、お渡しする際には、
「頭がグラつき始めたら、この部分にコレを打ち込んで下さい」
 と、鉄楔を添付する予定。
 修理しながら道具を大切に使う。今の日本人が忘れかけている大事な精神ではなかろうか。

趣味の道具修理稼業。20110308-01
▲持ち込まれた古い斧。鉈か何かで削ったと思われる痕が残り歪んだ柄は、いかにも素人拵えといった感じ。かつては大事に使われていた道具なのだろう。

▲柄と斧頭を外してみた。ガタ止めに使われていたのは堅木に楔でかなり痩せている。斧頭の錆は表面だけなの趣味の道具修理稼業。20110308-02
で、軽く磨けば地金が顔を出すはず。

趣味の道具修理稼業。20110308-03
▲補修完了後のカット。まだまだ現役で使えそうだ。

気分転換ホダ木作り。 

 毎年この時期は躁鬱病が荒れまくっているのだが、今年は不気味なほど体調が安定している。

 このところ、原木の玉切り、運搬、割り加工、薪棚整理という作業ばかりが続いていたので疲れ気味だったし、ちょっと飽きていたので、先週の金曜日は午前中に休養を取り、午後からシイタケのホダ木作り。
 自慢じゃないが、ホダ木作りには慣れている。昨シーズンは近所の方々に頼まれた分も含めて60本くらい作ったほど。ナメタケ、クリタケ、ヒラタケ、キクラゲ等の栽培に適した原木も手に入るので、薪屋稼業が苦しくなったらキノコ農家も兼業可能ではないかと考えることもある。
 今回のホダ木作りはあくまで気分転換なので、コマ菌用の穴あけもコマ菌の打ち込みものんびり作業。伐採現場から運び込んである原木の中から状態の良いものを優先し、短い時間ながら当日は6本のホダ木が完成。とりあえず仮伏せにして、5月上旬あたりには本伏せとする。原木用として切り出した丸太がまだまだあるから、せめてあと10本くらいは作っておこうかな。
 このホダ木からシイタケが顔を出すのは来年の秋あたり。その頃までには、
「採れたてのシイタケを炭火で炙って一緒に一杯飲みたいわ」
 なーんて女性が現れていて…、現実はそんなに甘くないな。

気分転換ホダ木作り。20110307-01
▲伐採現場近くに住む方々からの「シイタケ用の木を分けて欲しい」という声に応じていたため、今シーズンの自分用原木は少なめ。

気分転換ホダ木作り。20110307-02
▲ホダ木作りに必要なのは、ドリル、キリ、コマ菌、木槌の4つだけ。この他ウマがあればもっと楽になる。あくまで気分転換なので、のんびり作業する。