絞れて来た。 

 鬱がひどかった時期(6~9年前)、何も出来ずにぶくぶく太り、体重が77kgくらいまでになっていた。もともと太らない体質だと思っていただけに、ここまで太ってしまった自分に驚いたものだ。
 しかし、薪屋を始め山と関わるようになってからは減少傾向に転じ、徐々に筋肉量が増え贅肉が落ちて行った。昨年は抗躁剤が効き過ぎ鬱状態が続いたため再び太り、年末時点で67kg。年が明けてからようやく山に入り始めたものの、体が重くて動きが鈍く疲れやすい。
「こりゃいかん」
 かくして、働いて(動いて)カロリーを消費する減量作戦開始。目標は57kgで、出来れば55kgまで落としたい。
 5月には60kg、6月には59kgにまで落とした。しかし、ここから先がなかなか減らない。
 秋になり、本格的に動くようになってから減り始め、今では55.7kg。目標を達成出来ている。しっかり食べて、しっかり動いているから、健康的な減量であろう。

 しかし…。ここまで絞って来たのに腹が引っ込まないというのは、どーゆーことだ??

名乗り。 

 勢いついででやっていたことに、今日で区切りが付いた。人事を尽くして天命を待つ。次は、新たな目標へ邁進するのみ。


 銃剣で地雷の有無を確かめつつ匍匐前進を続ける地帯は、既に抜けているようだ。さて、どうすべきなのか…。

 時代設定を変えてみよう。

 遠からぬ者は音に聞け。近くば寄って目にも見よ。
 やぁやぁ我こそは、菰田政雄の次男、菰田淳郷が倅、菰田晴雄である。
 関東武者が栄えし頃、武蔵児玉党の一族として、元国の襲来時にはいち早く九州へと馳せ参じ、ある者は闘って散り、ある者は彼の地に根付いた騎馬武者・菰田氏の子孫なり。
 我こそ代々武士として生き継いだ一騎当千のもののふである。平成の今、刀や弓は捨て、斧と鉈に変われど、もののふとしての魂は健在なり。
 我と思わん者は覚悟を持って前へ出で、尋常に勝負せよ。我が首取って、末代までの武勲とするが良い。

 いざ、参るっ!

名乗り。20111117-01
▲ある日、ふと思い立ってコモダ姓(菰田 、薦田、、籠田、古茂田、小茂田、他)発祥の地を訪ねた。ご先祖様。千年の時を経て子孫が戻って参りました。

珍品落手。 

 実に珍しいブツを落手した。
 これ。

珍品落手。20111110-01

 分かる人なら、見ただけで分かるだろう。そう、氷冷蔵庫。私も映画やテレビでその存在を知っていたが、現物を見たのも触れたのも初めて。

 骨董業界では「ウブ」と表現するのだろうか。向かって右側の足が腐食で失われ外壁面と底部も損傷し、内材のオガ屑も一部失われているが、正面の真鍮製金具や内部のブリキはすべて「生きて」いる。金具の材質や形状、用いられている板材等から測るに、大正後期から昭和10年代のものではなかろうか。素人の私が判断するに、博物館や資料館の展示品、欧米で言うところの「ミュージアム・コンディション」にあると思う。旧所有者は、購入者の子か孫で、中古車業界の「ワンオーナー」であることは確認済み。

珍品落手。20111110-02
▲右側面と底部の損傷さえなければ、すぐにでも使えるのに…。


 さて、ここからが問題だ。
 即断即決で入手したは良いが、使うアテがない。まぁせいぜい関わっているメディアのネタとして、それなりの報酬を頂きながら出すとしても、それ以降が考えられない。
 おまけに、いくら「焚き火屋」の運営が良好であったとしても、生活費や運営資金に困窮している現実は変わらない。
 この町には貫単位で氷を売ってくれる店が1軒だけ残っていることは知っているし、もともと林業が盛んだった土地柄ゆえ、製材職人や木工職人も残っており、実用品として再生させることも可能なのだが…。

 なので、この氷冷蔵庫を誰かに売却したい。ただし、出来るだけ高く売りたいので価格は設定せず、現状渡しでの競札(オークション)形式とする。
 入札にあたっては、氏名、住所、電話番号メイルアドレス(フリーアドレス可)と、入札価格、入札理由を明記した上で 、当ウェブログコメント欄か焚き火屋メイルアドレスに送られたし。匿名取引には応じないし、前記事項に1点でも欠けているものは認めない。入札認証時に、私の個人メイルアドレスを送るので、以降の取引はそのアドレスにて行う。この記事公開時を競札(オークション)開催時、競札開始(オークションスタート)額は10,000円とし、終了は平成23年11月末日正午とする。実意用品として手を入れる場合は、その希望に応じて落札額に材料費、加工費、手間賃が加算される。最高入札価格は、随時当欄で公表するが、最高入札学者が落札するとは限らず、早期終了もある。当欄の読者なら、私の性格をご存じであろう。所有者、競札(オークション)主催者、出品者がすべて私であり、あくまで個人的な取り引きとなる。

珍品落手。20111110-03
▲中は、こんな状態。ほとんど手を加えることなく使えそう。一般公開する画像はここまでで、より詳細な画像は入札者のみ個別に対応する。


 さて、いくらになるか。建前も本音も、生活費や運営資金より読者との約束を優先させている。追記として、売却したい「お宝」はまだまだあるんだ。

 オラァよぅ、1日も早くラジアルの下駄山、実現させてェんだ! みんな分かってくれるよな?

うっかり受傷。 

 試験運用している焚き火屋マイレージメンバー制度はうまく機能しているようで、参加された方々はキビキビ作業をこなしてくれるし、何より嬉しそうな顔をしている。当ウェブログで制度の内容を紹介してメンバーを募り、正式運用へと移行するのも時期を早められそうだ。

 11月5日(土)には3名が参加されたので、予定していた以上に作業が進んだ。しかし、思わぬトラブルが…。
 1本目の大径ヤマザクラ(直径42cm)を伐倒後に枝を処理していた際、ソーチェーンが左足の脛に触れてしまい、パックリ切ってしまった。もちろん、瞬間的にチェーンブレーキをかけている。
 伐倒後の枝処理にあたっては、
「この枝を落としたら伐倒木がどの方向にどれくらい動くか」
 を常に考えるのだが、この時は予測を誤った。推定300kgの幹が手前側に70cm移動するだろうと判断したが、実際には80cm移動して来てチェーンソーが幹に押され、それが脛に触れてしまったようだ。特に痛みはなく、
「何だか脛がスースーするなぁ」
 という感覚。
 ちょうど昼食休憩に入るタイミングだったので斜面を降り、軽トラの荷台で地下足袋をと靴下を脱いでみて、あらびっくり。作業ズボン(ミルスペックタグの付いたベトナムタイガーストライプ)が裂け、そこから傷口が見えている。長さ約5cm、深いところで3mm、幅は5mmほど。思った以上に深くて大きい。

うっかり受傷。20111109-01
▲裂けたベトナムタイガーストライプ。この軍パンは、14年ほど前にアメリカのミリタリーショップから購入したもので、サイズはスモールレギュラー。傷口の写真を載せると「キモい」と顰蹙を買いそうなので割愛。


 膝下を手拭いできつく縛って血流を止め、持っていた飲料水(井戸水)で傷口を洗い流す。うっすら骨が見えてるじゃん。汚れと血を洗い流した傷口に唾液(殺菌効果がある)を垂らし、別の手拭いを受傷部分を覆うようにあてがい、それをきつめに縛る。
 こういう時に役立つのが手拭いやバンダナで、タオルだと細かい繊維が傷口に入ってしまうので適さない。
 さて、どうするか。作業を中止して病院へ行き消毒・縫合してもらうのがベストであろうが、それほどでもないように思える。そもそも痛みがまったくないし、足首や足指の動きも阻害されておらず痺れもない。
 昼食後の休憩を長めに取り、左足を高くした状態で荷台に寝転がってしばし考えた。
 30分ほどして傷口の手拭いを外して見ると、手拭いに血が滲んでいるものの出血は止まり傷口にはうっすら幕が出来、すでに治癒し始めている。私の経験上、こういう場合は安静にするよりむしろ適度に動いた方が良い。動くことによって躰全体の血流が活発になり、自己治癒力も促される…というのが私の理論。
 かくして作業続行。ケガの影響は皆無。午後の部だけで大径のヤマザクラ(直径35cm前後)を3本、小径のシラカシ(直径10cm)を1本伐った。
「春になったら、ちゃんと彦生えしてくれよ」
 そう念じながら。

うっかり受傷。20111109-02
▲この日3本目の伐倒。堆肥・腐葉土用の囲いと農作業道具小屋の間、幅約2mの場所を狙い、ドンピシャで倒し込んだ。

うっかり受傷。20111109-06
▲倒したヤマザクラには、ぶっとい藤蔓が巻き付いていた。その様子はさながら獲物を捕らえた大蛇のよう。

うっかり受傷。20111109-03
▲ある程度枝片付けが終わり、車両が通れるルートも確保して作業終了。

うっかり受傷。20111109-04
▲記念写真。皆さん、お疲れ様でした。


 1日の作業を終え、自宅に戻って傷口を確認すると、もうカサブタが出来始めていた。日常的に重労働で躰を動かしている私の場合、代謝が良く、その分ケガの治りも早いのだろう。3日が経過した昨日には、もう立派なカサブタとなり、風呂に入っても問題ない状態。ケガの治癒には、「自分の躰を信じる」という心がけも大切なのだ。

 はたから見れば大ケガかも知れないが、状況を冷静に判断すると切り傷の範囲。それに、仕事にも生活にもまったく影響してないし、これだけ治りが早いと、
「こんなのケガのうちに入ンねーよ」
 と強がってみたくもなる。
 この程度の傷で済んだことに感謝しながら、より注意力を高めその後の作業に取り組んでいるのは言うまでもない。

うっかり受傷。20111109-05
▲後日、コツコツ玉詰めて置き場へと運ぶ。玉の長さを揃えておくと、効率が良いし見た目もきれい。

平成23年度焚き火屋請負伐採作業本格化。 

 昨年までは殆ど1人でこなしてきた「C地点北斜面」の伐採・搬出作業。しかし今季は、薪塾2期生や焚き火屋マイレージメンバーの協力を得られるようになり、一気に進捗している。
 斜面に繁茂していた背丈を超す篠刈りはほぼ終わって斜面全体の様をが見渡せるようになり、昨日は群馬から駆けつけてくれたミカミさん(仮名)と一緒に株立ちしたヤマザクラの1本を伐採。株立ちの1本とはいえ元径で40cmほどある大木だ。

平成23年度焚き火屋請負伐採作業本格化。201111025-01
▲昨日伐ったのは、株立ちしているヤマザクラのうち最も道路側へ枝を伸ばしている1本で、元径は約40cm。まずこれを伐らないと他のヤマザクラを伐るにあたって障害となってしまう。


 1人でやれば1日がかりの作業も、2人で分担することによって効率が上がり、伐倒から2時間半後には、薪材として搬出する部位と現場で片付けておくソダの処理もほぼ完了。この調子なら、一部は来季へ持ち越しと考えていた伐採作業も、今季中に終えられるかも知れない。

平成23年度焚き火屋請負伐採作業本格化。201111025-02
▲伐倒直後の様子。ほぼ狙った位置に倒し込めた。

平成23年度焚き火屋請負伐採作業本格化。201111025-03
▲ミカミさん(仮名)に枝処理を教え、私の監督下で実際に体験してもらう。

平成23年度焚き火屋請負伐採作業本格化。201111025-04
▲伐倒から30分でここまで進んだ。危険度が高く初心者・無資格者には難しい枝の処理は私が担当。

平成23年度焚き火屋請負伐採作業本格化。201111025-05
▲伐倒から1時間。枝処理をほぼ終え、あとは薪として使う部分を玉詰めて搬出するのみ。


 ちなみに本日はメンバー3名が参加することになっており、ヤマザクラ3本(大径)、カシ2本(中径)を伐る予定。今の時期に丁寧に伐っておけば、来春、これらの切り株から新しい芽が出て萌芽更新し、山が若返る。伐った木も薪やキノコ栽培の原木として生かすのだから、森林資源の有効活用や自然との共存という点においても理想的ではなかろうか。

労働の対価。 

 知り合いのおばーちゃんから、
「柿ィ採りてーんだけンど、高くてオラじゃ届かねーだよ。採りィ来てくンねーかな」
 との電話があり、必要となりそうな道具(脚立、チェーンソー、腰鋸、剪定鋏)を携え行ってみることに。

労働の対価。20111101-01
▲たわわに実った柿。枝を剪定しながらこれらをすべて収穫。


「ここの枝、切ってくンねーかな」
 そんなリクエストにすべて応じ、かなりの量を収穫出来た。労働の対価として、お金ではなく収穫したばかりの柿を買い物カゴ1杯分、おばーちゃんの畑に実っていた枝豆数株と里芋数十個を頂戴する。
 頂いた作物は、1割程度を自分用に残して実家へ送る。柿も枝豆も里芋も両親の好物だ。採れたて柿、実りすぎて大豆の味がしっかりする枝豆、土や根っこが付いたままの里芋、いずれもそこらで買えないものばかり。きっと喜んでもらえるだろうと、田舎で暮らす倅に出来るせめてもの親孝行。

労働の対価。20111101-02
▲対価の一部。カゴ1杯分の柿。品種は富有だと思う

労働の対価。20111101-03
労働の対価。20111101-04
▲好物の枝豆も頂戴した。葉を落とすと下の写真のようになる。鞘の緑が薄く、ぷっくり太った実が入っている。品種は多くの農家が利用する1代種(F1種)ではなく、このあたりに多い青山在来種のようだ。


 こうして美味しい食材が頂けるのも、生活が安定して来たからだろう。