上がり気味。 

 写真は、本日作業中の私。明らかに躁転している。昨年は11月末に「大爆発」したので、今年は気をつけねば。下方ノ作業員ハ強盗ニ非ズ。
 作業の内容は、後日、森臨隊ホームページにて。

上がり気味。20120929-01
▲安全帯を締めなさい! 安全帽を被りなさい! 保護眼鏡をかけなさい!

懐かしい沖縄弁。 

 インターネットというのは怖ろしいもので、かれこれ15年以上音信の途絶えていた沖縄時代の同級生からメイルが来て、ネット上での再会を果たした。
 彼は毎日ブログを更新しているのだが、地元の言葉丸出しで書いている。それがやけに懐かしい。同年代らしい下ネタばかえりだし。
 沖縄の方言と言えば、末尾に「さー」を付けるのがよく知られている。確かにそうだ。でも、少年時代現地で暮らした私にとっては、末尾の「さー」より「だ」行が「ら」行になり、「ら」行が「だ」行になることの方が強く印象に残っている。会話の中にたびたび登場する「だ」行と「ら」行に注意しないと意志が伝わらず、「さー」を付けることより深刻だった。
 例えば、「でした」は「れした」、バカボンパパの「バカ田大学」は「バカららいがく」になり、「ラーメン」は「ダーメン」になる。間違ってもザーメンにはならない。
 この「だ」行と「ら」行の入れ違いは、沖縄方言全般に共通するのか、それとも私が住んでいた那覇市南部のローカル弁なのか、現地を去って35年も経過した今では、あえて知る必要もないだろう。

 彼のブログURLはこちら→http://ameblo.jp/nanbokusyokuzai/ 海ぶどうの専門店を運営しているらしいが、ブログを見る限りただのスケベおやじとしか思えない。
 いつか沖縄を訪れる時が来たら、費用節減目的で彼の家に泊めてもらい、彼の車を借りて各地を巡り、彼が得意とする××な所にも案内してもらおう。破れたフェンスから基地の中に入ってサトウキビを囓ったり、グッピーを採ったのことは鮮明に記憶している。でも、わったーなぁナイチャーれ沖縄弁は忘でてしまったさー。

こんな日もある。 

 9月22日も森臨隊作業は、機材トラブルと作業員のやる気不足(忘れ物が多い、動きが鈍い、疲れ気味)により、午前中で終了。いきなり気温が10℃ほど下がったのだから、体調がおかしくなっても、無理はない。
 そして、残った他時間で「秋の味覚」拾いに没頭。 地のもの旬のものを口にすれば。気力も回復するだろう。

こんな日もある。20120924-01
▲現場にある栗の木は、今が阿収穫どき。大粒でホクホク。甘くて美味い。

掲示板について。 

 森臨隊の作業に関する掲示板を新設しようかと考えていたが、管理の手間が増えるし、会員の多くは焚き火屋マイレージメンバーでもあることから、従来のマイレージメンバー掲示板(http://komodaharuo.bbs.fc2.com/)と森臨隊の掲示板を併用することにした。
 作業予定や作業員募集などの新しい情報は、随時この掲示板に書き込むので、興味のある方はチェックされたし。

現場撮影用に。 

 より多く、そして臨場感のある現場の記録を残すためコンパクトデジタルカメラ(コンデジ)を購入した。使用環境を考え、防水防塵性と耐衝撃性を備えた、フィルムカメラ時代の「現場監督」みたいなタイプ。これならポケットに入れるなり腰にぶら下げるなどして邪魔にもならない。
 今まで現場写真は、私のEOS40Dか記録係オカダ作業員の一眼レフを用いていたが、木の下敷きになったり誰かに踏まれたりしたら泣くに泣けない。どちらも仕事に使っているカメラだし…。
 新機材は22日の作業でデビュー予定。さて、どんな写真が撮れるかな?

現場撮影用に。20120918-01
▲購入したのは、PENTAXのOptio WG-2。同じような仕事をしている仲間内でも評判のモデル。これまで以上の記<録を残せるかは、使う人間(誰だ?)の腕次第。最新のコンデジがここまで進化していると、浦島太郎になった気分。

忙しくなって来た。 

 昼間はまだ夏のような暑さながら、朝夕は涼しく秋の気配が感じられるようになって、少しずつ忙しさが増している。焚き火屋商品に関する問い合わせや販売、森臨隊の作業、そして子供たちのこと…。特に仕事に関しては、この時期から忙しくなってくれないと、生活がさらに厳しくなってしまう。

 焚き火屋に関しては、これまでと変わらず。取り扱う薪材の量が増えたものの、基本的には1人でこなしているため、人手不足を解消したいところ。

 森臨隊は新しい機材を導入できたことで作業効率が上がり、順調にに捗っている。伐採期に入ったら一気に忙しくなるだろうが、会員であり焚き火屋マイレージメンバでもある方々の技量が上がっているので、昨シーズンより作業は早く進められるだろう。

忙しくなって来た。20120914-01
▲森臨隊の新機材、クローラー運搬車。現場では「キャタ車」「カタカタ」「戦車」などと呼ばれる。型は古いがコンディションが良く、格安で購入出来た。これまでの里山再生活動を通じ必要性を感じていた機材でもある。

忙しくなって来た。20120914-02
▲キャタ車に小型のチッパーシュレッダーを乗せ、これまでに刈り取った篠竹を移動しながらチップにして行く。出来上がったチップは発酵が促され、良質な肥料となってくれる。

 さて、今日も薪作り。未処理の原木がまだ8tくらいあるので、これらを早く片付けねば。

息子を連れてブロンコへ。 

 先週、横瀬町のブロンコへ行ったことは、あらゆる意味で良い刺激になった。昔も今も ここに来ると下界の俗世を忘れ、ゆったり過ごせる。
 ブロンコに行ったことをスカイプ経由で息子に話したところ、
「オレも行きたい」
 と言う。 息子をブロンコへ連れて行ったのは12年前、当時5歳で、なんとなく記憶して懐かしく感じるらしい。
 ならばとばかりに、赤点補習を終えた息子を助手台に、陣を後部に乗せ、2週連続でブロンコへ。普通の体調を取り戻しそれなりに忙しく働いている私にとって、恰好の週末休みとなる。
 予定通りに高校を卒業出来ていれば、再来年の今頃、息子は社会人となっていて、父親の道楽(?)に付き合っている暇などないだろう。多感なこの時期に父親の仕事や得意とすることを経験させていくのも悪くない。

 ちなみに息子はまだ一度も車を運転したことがない。そして父親の思惑通り、
「ねえお父さん、ジープ運転してみたい」
 と来た。
 ブロンコは私有地であるが、一般車両も立ち入る(でないと経営が成り立たない)ので、無免許運伝は禁止されている。しかし、当日は他の一般車両がいないこと、何かあった場合は私が全責任を負うこと、走らせる場所は管理棟前の限られたエリアとすることなどを条件に管理人を説き伏せ、運転を教えることに。

息子を連れてブロンコへ。20120904-01
▲「お父さん、ジープ運転してみたいんだけど…。難しいの?」「ん? そうか。ちょっと待ってろ。管理人の了解取って来る」。坊主頭の父親が手にしているのは一体何だ??

 生まれて初めて車を運転するということに、息子はやや緊張気味。アクセル、ブレーキ、クラッチの各ペダルやシフトレバー、ステアリングの扱い方と役割を説明し、とにかくやらせてみる。自分が考えていた以上に各操作が難しいことを実感させ、そこから半クラッチやアクセルペダルの踏み込み方などのコツを1つ1つ教えて行く。

息子を連れてブロンコへ。20120904-02
▲初めて自動車を運転する息子と鬼教官。4Lに入れておいて、まずクラッチ操作を教え、それからブレーキの踏み方、クラッチ操作とアクセル操作のバランスを教えて行く。パワーアシストも電気デバイスも一切ない。発進・加速より停止方法を、前進より後進を、ヒルクライムよりヒルダウンを優先教示する。

 狭いエリアなので、50m前進したら50m後進、その繰り返し。徐々にアクセルの踏み加減やクラッチの扱い方を覚えて来たが、ぎこちなさは相変わらず。
「すっげー難しい!」
 と息子。当たり前だ。初めて運転する人間が古いジープをスムースに扱えるなら教習所は要らん。
「お父さんの足と手の動きをよく見てろよ」
 と言って運転を代わり、同じことをやって見せ、それから外周路へ。内側のモーグル地形も走って見せる。それまで当たり前のことのように見ていた運転が、実は難しいことの連続であることを認識したならそれで良し。車を操る楽しさも感じ始めたようだ。
「運転ってのは、頭で考えるんじゃなくて体で覚えるんだ。お前がやってた野球だってそうだろ? 考えるより先に、体が打球に反応するだろ?」

息子を連れてブロンコへ。20120904-03
▲起伏の小さな地形を走らせながら、教官と化した父親と、その動作を観察する息子。高校の授業でもこれくらい真面目にやっているのか、期末ごとに呼び出される親としては、別の面で不安になる。

 初めて運転した自動車が前時代的なジープのJ3というのは、息子にとってハッピーなことであろうし、これからも機会を見て運転を教えて行こうと考えている。

♪おーたぁまじゃくしぃはカエルの子ぉ~
  ナーマズぅの孫でーはなーいわいなぁ~♪

 息子が教習所に通い始めたら、あまりの違いにカルチャーショックを受けたりして…。

写真提供:岡田雅之