隧道通過。 

 当欄愛読(?)者の中には、記事の内容や更新頻度で私の体調変化が分かる方もおられるのだとか。
 とすれば、ここしばらく深い鬱の周期に落ち込みアルコール中毒も再発させていたことを気づかれていたかもしれない。

 鬱とアル中周期から抜け出せたと実感したのは、3日前の朝。染み込んでいたアルコールが全て体外に排出され、頭の中も鮮明に。それにしても、今回はひどかった。

 手帳を見ると、鬱周期に入ったのは5月26日の夕方で、原因は過労。
 前日、森臨隊の里山再生活動で疲れているにも関わらず、当日朝、地元自治会による公地の草刈り作業に出たのがまずかった。この作業に出ないと、罰金1,000円を徴収されちゃうから…。
 たかが1時間か2時間の軽作業に出ないがため、1日分の食費を取られるなんてバカらしい。

隧道通過。20130627-01
▲鬱周期にある時は、動ける範囲で抜け出す手がかりを探る。6月6日、ジープの機能美展訪問時に、師匠のピンツガウアーとツーショット。

 気力が戻り、雨も上がった昨日は、久しぶりに置き場で薪作り。頭が冴えているし体の動きも良いので、原木からの玉切りもテキパキ捗る。少し前まで、
「どっからどげな風に手ば着けたら良かとやろ?」
 と、具体的な作業手順すら見えていなかったヤガラなのに…。

隧道通過。20130627-02
▲昨日の作業量は約2t。日差しは強いが湿度が低いので、かいた汗もすぐ乾く。

 夏型の生活パターン(昼食後は風通しの良い日陰で午睡)に切り替えられたし、当面はこの体調を維持出来るだろう。次の鬱周期が来る前に、滞っていた面倒な仕事も片付けちまうべ。

左旋回中。 

 草刈り作業で汗をかいた昼飯時。
 店にあった朝日新聞を見ながら焼き飯を頬張っていると、案の定、先日当欄で触れた百田尚樹氏の著作「永遠の0ゼロ」と「海賊と呼ばれた男」が、かなり批判的に取りあげられていた。
 お決まりの「愛国」、「右傾」という単語を伴い、石田衣良氏なる作家さんの言葉も引用しながら。
 この石田氏って、テレビで小金を稼ぐコメンテーターだと思っていたら、本職は作家さんだったのか。

 母国あるいは祖国を、もっと狭く言えば郷土を愛する気持ちは、至極当たり前。万国共通だと思うのだが、日本だけは例外らしい。

入居以来の片付け作業。 

 今の家に引っ越す際、玄関脇約2畳分のスペースには、どこに収納したら良いのか分からないモノを適当に積み上げ、以来、同様のモノを積む一方で、何が置かれているのかさえ分からない状態になっていた。

 まぁそのうち気が向いたら片付けようと思いつつ、かれこれ4年が経過。

 先日、森臨隊の某メンバーから、
「コモダさん、コレなんですか? コレじゃダメです! ちゃんと片付けて下さいっ!!」
 と、ラフスケッチ入りでゲンメイされた。

 しょーがねー。やるか。梅雨らしい恵みの雨の季節となり作業は出来ないし。ついでに玄関も片付けよう。
 …しかし、4年も放ったらかしたゴミ--じゃない、ブツの山、どっからどげな風に手ェ着けたら良かとやろ。

 まず、そこにあるモノを移動し、移動しながら不要なモノは捨てる。その過程で、出るわ出るわ、購入したまま忘れいた、あるいは購入したことすら忘れていたアイテムの数々。「発見」と言うより「発掘」に等しい。

入居以来の片付け作業。20130616-01
▲6月13日の作業終了時点で、かなり形になって来た。これに補強材を入れたり引き出しを改良するなどして6月16日にはほぼ完了。


 これらをスッキリ収納するため、梁を増設し棚や引き出しも作る。用いたのは、材木屋さんで歪みや傷みから商品としては出せなくなった3寸×1寸の角材数本、同じく3寸×5分の板数枚、そして同じく傷みの激しいフロア材の3点。組み付けには接着剤を用いず、素人でも組み直しやすいビス数種。

 重い鬱、再発したアルコール依存症と付き合いながら約1週間。玄関脇、玄関、そして階段の一部がほぼ片付き、以前とは見違えるようになった。な~んだ、やれば出来るじゃん。

 だが、私の性格を考えると、この場所が再びカオス化するのは時間の問題…か?

デジタルじーじ。 

 父は、明日で満83歳となる。

 8年前だったか、それまで使っていたワープロが壊れ補修部品がないため修理不能と判断されたらしい。
「パソコンちゅーモンに買い換えにゃいかんらしいが、どげなもんや?」
 反対する理由はないし、どうせワープロ代わりにしか使わないだろうと、当時家電量販店で投げ売り同然だった型遅れの一番安いメーカー製ノートパソコンを買わせた。

 しかし、それまでパソコンとは無縁だった70過ぎのじーさんがすぐに扱える訳もなく、マウスのダブルクリックすら覚束ない。取扱説明書を読んでもちんぷんかんぷん。
 それでも、これを使わないと老人会の会報も知人の住所録も作れないからと、分からない点がある都度メーカーに電話して聞き、文書作成と保存は出来るまでに。

 こうなると持ち前の好奇心から新たな興味がわき始める。
「コレやとインターネットちゅーもんが出来るらしいな」
 はいはい、出来ますよ。早速実家へ行き、あれやこれやと基本的なことをセッティング。メイルアドレスも父が覚えやすいものとした。
「ネット環境になると、こげなことも出来るったい」
 と、書店で探しても見つからなかった本を何点か検索して購入。
「ほー、こりゃ便利なモンや」
 両親ともに体調を崩して買い物に出られなかった時は、ネット通販・宅配サービスを利用し食材を入手。
「これで買い物難民にならんで済む」

 姉がエクアドルへ赴任する際にskypeを入れ、地球の反対側との会話を楽しんでいた。ちなみにスピーカーはPC内蔵品、音声入力はカラオケマイクである。
 ここまで来ると、動作が重く環境に対応しきれなくなったため、私がサブで使っていたビジネス用ノートPCにメモリーを増設しOSをWindows-7に変更、必要なソフトのみを入れ、機種変更させた。私のPCとほぼ同じ設定なので、分からないことは私が電話かskypeで「遠隔操作」出来る。

 随分扱えるようになったものだと感心していたら、先日、とうとうfacebookを始めやがった。私の旺盛な好奇心は、この人からの遺伝なのだと実感させられる。
 同級生らとの食事会では、病気や相続や葬式の話ばかりで陰気くさく、インターネットやskypeの話題に振ろうとしても、誰も乗ってこないらしい。
 この年齢で、ほぼ自力でネット環境にあることを、ある知人は「すごい」と言うし、別の知人は「今じゃ当たり前」と言う。実際、どうなのだろう。

 医師からはとある難病と診断され余命宣告も受けたが、その期限を1年以上経過してなおピンピンしている。長寿の秘訣は、やはり好奇心と行動力だろうか。

永遠の0 ゼロ。 

 娘から、
「この本、面白いから読んでみて。感想聞かせて。ゼロ戦とか出てくるからお父さんも興味持つと思うよ」
 と勧められたのが昨年の暮れ頃だったか。

 抑鬱状態から抜け出し始めた3月下旬、ようやく入手し読破。

 ただし、一気に読んだ訳ではなく、1/4ほど読み進んだところで飽き始めてしまった。 過去形で語られる主人公・宮部久蔵はともかく、登場人物はそれぞれがステロタイプで、台詞も同様。
 内容にしても、戦記を読んだことのある人、あるいは戦史に興味のある人なら誰でも知っているような事柄が列記されているに過ぎず、「あれ? この内容、どこかで読んだことあるぞ」というものも少なくない。用語や名詞(例えば、ある機種のニックネーム)は複数存在していたはずなのに1つしか使われておらず違和感が大きい。
 とにかく、ステロタイプの登場人物と知られていることの羅列が続き、もううんざり。

 しかし、ここまでしつこく書かれると、意図的に、敢えてそうしているのではないかとも思え、その視点から読み直すことにした。
永遠の0 ゼロ。20130603-01

 ラストの逆転劇は予想を外したが、私が感じたこの作品に込められている意図は当たっていると思う。
 表向きは大東亜戦争を舞台とした純愛小説となっているが、本質はまったく異なる。刺激的な表現を用いるなら「小説」ではない。おそらく作者である百田尚樹氏の狙いもそこにあるのではなかろうか。

 読了後、娘に電話をかけ、まず彼女の感想を聞いたところ、最後の逆転劇が意外で、純粋な恋愛が描かれている、とのこと。
「そうか、お前はそう感じたのか…。そうだろうな、それはそれで正解だ。でも、お父さんはまったく違うことを感じ取ったよ。これは“小説”じゃないんだ」
 この感想は、娘にとって意外だったらしい。私がどうしてそう感じたのかを説明しても、理解出来ないようだが、無理もない。少年時代から戦記物を読み知識も豊富なアラいその父親と、戦記物とは無縁の中学生では、同じ作品でも読み取り方が違って当然だから。

 読書中にあった違和感は、巻末の「参考文献」を見て納得。その半数以上は読んだことがあるし、数冊は今も持っている。

 ちなみにこの作品は映画化され、12月公開予定だという。主人公を演じるのは、V6の岡田准一氏。ハマリ役ではなかろうか。作中では零式艦上戦闘機二一型と五二型が一緒に登場するシーンもあるだけに、「トラ! トラ! トラ!」のような「なんちゃって零戦」は勘弁願いたいし、同じ零戦でも違いを描き分けて欲しい。
 果たして映画版は、「表面」を表現するのか、それとも作者が託したであろう真意を伝えるのか。
永遠の0 ゼロ。20130603-02

 公開されたら、娘と一緒に映画館で鑑賞しようか。