ジープ(Jeep)と薪ストーブ(暖炉) 焚き火屋店主、NPO森臨隊代表・菰田晴雄の呑気なウェブログ

ジープと焚き火をこよなく愛する人間の、時に間抜けで時に過激なウェブログです

2016-08-13

父、死す。

 発症以来最悪の体調で伏せっていますが、遅まきながら報告します。
 去る平成28年8月10日0645時、父・菰田淳郷が入院先である高知県内の病院にて息を引き取りました、。86年2ヵ月の生涯でした。そうか、とうとう力尽きたか…。

▲親、子、孫の男3代で飲むことの夢に描いていた父。偶然もあって、それが叶った。
父、死す。20160814-01
(平成27年10月)。

父、死す。20160814-02
▲ ふわふわした毛糸のセーターが欲しいとの要望を受け。私が用意した中の1枚を父はとても気に入っていた。「こげなセータば、一度着てみたかったい」。
(平成27年12月)。


 国家公務員時代の前半20年はは第7管区所属の海上保安官として命がけで働き、航空局に異動した後半は、北は北海道から南は沖縄まで任地を変える激動の日々で、退官後は民間企業に再就職して働きながら、地元の老人会を束ねたりNPO法人を立ち上げたりと、忙しくしていなければ気が済まないような父でした。
 生前は、想像もつかないほど多くの方々のお世話やご厄介になったことでしょう。この場を借りて、長男の私からお礼申し上げます。
 ありがとうございました。
 既に高知で通夜と告別式を済ませ骨片となった父は、近日中に私の元に帰って来ます。四十九日法要と納骨は、母が眠る神奈川県相模原市の墓所にて行う予定です。

2016-08-02

父の現状。

 「父、容態悪化」の報せを受け、高知県のとある病院まで行き面会して来ました。
 残念ながら、意識はあっても会話不能。何か言いたそうに口許が動いても、声になりません。既に恢復の見込みはなく、持ち堪えても?週間、悪ければ今にでも呼吸が止まる状態でした。声がけに反応があり、握った手を握り返してくれたことが、せめてもの救いです。
 生きている父と会うのは、これが最後でしょう。片道920km、往路13時間、復路に18時間半を要した2泊4日の面会で、私は心身共に疲れ果てています。死亡連絡が入ったとしても、体力的にも精神的にも経済的にも再び高知へ行くことは不可能です。手元にあるお金は、骨片となり壺に納まった父を母が眠る墓へ導く費用として確保しておかなければなりません。
 父の交友関係はあまりにも広く、私が知っているのはごく一部です。後になって多方面から「どうして知らせてくれなかったのか?」と言われても対応しきれませんので、今のうちに当欄で報告しておきます。
 波乱に満ちた人生を歩んできた父・菰田淳郷は、いよいよ最期を迎えようとしています。悲しくても、これが現実です。ありがとうございました。

 | HOME | 

CALENDAR

MONTHLY

CATEGORIES

PROFILE

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

OTHERS