勝手に命名。小川町は「バ川町」。 

 本日0700時ちょいまで、町の指定避難場所に自主避難していた。え? なぜ過去形か・・・ って? だってさ、0700時に避難場所を閉鎖するって言われて、追い出されたんだもん。
 川は危険位で、自宅付近の山は土砂災害の危険性が高いけど、自宅に戻るっきゃねーんだよ。役場の2階は「立ち入り禁止」だし。
  隣(上流)の東秩父村や、近く(下流)の東松山市では避難勧告が出たのに、小川町の対応は真逆。まだ台風本体が通過中だというのに、避難している住民を避難所から追い出しちまった。

勝手に命名。小川町は「バ川町」。20171023-01
▲明るくなった今朝0600時、巡回中に撮影した避難所脇の河川。これでも未明より位が下がっている。流木が橋でダムを造ったら氾濫確実。この状況を知りながら避難所を閉鎖したなら、役場職員と首長のテイノウぶりが知れる。



 役場避難所を開設し、防災無線で避難を呼びかけたのは、昨日1900時。で、避難場所に行ってみたら、まだ衆院選挙投票中で避難出来ない。
 そして避難所が閉鎖される本日0700時までの12時間で、自主避難している住民に提供されたのは、薄っぺらな毛布1枚とだけ。食料も燃料もブルーシートも、なーんにも備えていなかった。用意されていたのは、真空パックの緊急用簡易毛布20枚と同じく真空パックの緊急用簡易タオル14枚のみ!

勝手に命名。小川町は「バ川町」。20171023-06
▲車椅子用スロープに置かれていた未開封の段ボールを奥に移動。簡易毛布10枚入り×2個、、、だけ。

勝手に命名。小川町は「バ川町」。20171023-05
避難所にあった災害用簡易タオル。1パック2枚入り×7パック=14枚、、、だけ。



 これまで国内いろいろな場所で生活して来たが、これほどお粗末なのは初めてで、呆れるしかない。外は土砂降り。この状況で、どんな人が避難して来るのかが全く想定されていないのだから。
 仕方ないので、断に備え避難所にある容器という容器にを満たし、ポットと薬罐にお湯を満たす。避難室のエアコン設定温度を上げ、便所紙の残量を確認。
 これだけでは足りないので役場へ出向き、せめてブルーシート数枚、バスタオル20枚、ポリタンク3個、ガソリンと灯油各数リッター、避難者用食料を出して欲しいと直訴したが、職員は言い訳に終始し、結局「ない」のひと言で片付けられた。
 勤務と称して「庁舎2階に避難」している防災担当職員さん、頭ダイジョーブ?? あ、そうそう、「自分さえ良ければいい」っていうのが「オガワマチ則」だったけ。
 自覚がないようなので、勝手に名付けて進ぜよう。小川町(おがわまち)改め「バ川町」と。首から上が帽子掛けじゃあ通じないか。

勝手に命名。小川町は「バ川町」。20171023-02
▲断に備え、棚にあったコップやボウルに水を満たす。役場に出向いてポリタンクを求めたところ、「まだ水は出てますから」と拒否された。止まってから、どーやって飲料水を確保するの?? これだけ降ってると、井戸水も濁ってるんだよ。災害未経験者は、本当の災害を知らず、安全な庁舎から指令を出すだけ。それでお給料をもらえるんだから、これほど恵まれた職場はなかろうに。「税金泥棒」って言葉、知ってる??

勝手に命名。小川町は「バ川町」。20171023-03
▲バケツの中は洗い水だが、いざとなれば煮沸消毒して飲める。

勝手に命名。小川町は「バ川町」。20171023-04
▲棚の中にあった焼酎は、応急消毒薬に転用。何もない避難所なので、未使用の手拭い20枚も持ち込んだ。ガーゼや包帯の代用として。



 ちなみに避難場所に派遣された職員2名は、22日1830時から23日0700時まで休憩なしの連続勤務で食事付きだが、交代要員不在。緊急時とは言え、これって労基に抵触してないか? 役場が率先してこれをやったらマズイだろ。ま、こんな事も「オガワマチ則」の一部に過ぎないのだが。お国の律より、自分たちのルールが常時優先じゃあ、どーしよーもないよ。
 幸いな事に自然災害に強い町の、地元民やお役人様は、不幸な事に本当の災害の怖さを知らしい。めでたいね。めでたいにも程がある。
 今、雨は上がったが風は強く、放置された人工林の木々が揺れている。間抜けな自治体と首長のおバカな判断で、犠牲者が出ない事を祈るばかり。
 災害ってのは、起きてからじゃ遅せーんだよ!! アンタら、日本各地で過去に起きた災害から何を学んだんだ? 数多の命が犠牲となった、大事な大事な教訓だぞ!!

 余談ながらに、台風のタイミングがあと少しズレていたら、選挙結果は変わっていただろう。チョーチョーさんと仲が良い事をアピールしていた当選者、いや代議士さん、良かったですね。仲良しチョーチョーさんのケツ拭かないと、次は落ちるよ。

開催決定 J3解説・見学・試乗会。 

 一昨日書いた愛機復活記事試乗イベント企画を含ませたからには、やっぱやるっきゃなかんべよ。ぜひ参加したいという声も寄せられていることだし。題して「とあるジープの解説・見学試乗会」。

開催決定 J3解説・見学・試乗会。20171020-01

 34年維持し続けているオーナーによる詳細な解説付き。もちろん、質疑応答もあり。何せ古い車輌であり、ステアリングやブレーキも含めパワーアシストは一切ないし電子装置もないので、試乗に関しては、現地での緩い運転チェックに合格した方のみとしたい。万一事故が起きた場合は、各自で負担。自己責任、自己完結で。
 会場では焚き火屋商材(マニアックな古着も多数あり)や拙宅「秘宝館」所蔵レアアイテムも販売予定なので、福沢さんを数名同伴しないと後悔するかも。
 興味のある方は、ぜひご参加頂きたい。

◆とあるジープの解説・見学試乗会◆
・主催--焚き火屋・菰田晴雄(古物商免許 埼玉県公安委員会第431140035982号)
・日時--皇紀2677年(平成29年・西暦2017年)
        11月11日(土)~12日(日)、0900時~
・場所--埼玉県比企郡小川町内 焚き火屋第3置き場 
       ※参加希望者には詳細な案内を連絡します。
・参加費--3,000円/人(日本円・JPY現金のみ 外国通貨不可)
・定員--30名(予定/先着順)
・参加資格--このジープに興味のある方
試乗資格--古い車輌の扱いを理解し、現地試験に合格した方
・申込方法--下記①~⑭をご記入の上、(イ)~(ハ)のいずれかにて
  ① 興味歴
  ② 参加を希望する切実な理由
  ③ 住所(含む〒番号 無宿者応募不可)
  ④ 氏名(偽名・芸名・通名・源氏名不可)+年齢(特に若い女性)+性別
  ⑤ 電話番号
  ⑥MAILアドレス(省略可)
  ⑦ 職業(省略可)
  ⑧ 趣味(含む恥ずかしい趣味)
  ⑨ 愛読されている雑誌・webサイト(世間体の悪いものは省略可)
  ⑩ 過去あるいは現在の愛車名とタイヤ等の装備
  ⑪ このジープに興味を持たれた点
  ⑫ 今後当欄に書いて欲しい記事やネタ等
  ⑬ 当欄の閲覧頻度(例:週2)
  ⑭ その他、ご意見、ご批判、ご自慢、雑談・・・。
   ここに寄せられたご意見等は
   当欄に掲載あるいはネタとなることがあります。
  ※⑦~⑭は複数回答可、②は重要
(イ)E-mail:takibiya@gmail.com、
(ロ) 郵送:〒355-0316 埼玉県比企郡小川町角山197-5 焚き火屋
(ハ) Fax.:0493-72-8188
・申込締切--皇紀2677年(平成29年・西暦2017年)11月6日(月)
・禁止事項--政治活動、布教活動、ビラ配布、スカウト行為、
        公序良俗に反する行為、盗撮、野合、
        その他主催者が場に相応しくないと判断した行為。
       ※違反した方は即時ご退場願います。
・注意事項--①会場にはトイレがありません。
          見られたくない方は最寄りのGSかコンビニをご利用下さい。
          見せたい方はご自由に(女性限定)。
       ②喫煙者は、携帯灰皿を持参して下さい。
         嫌煙家は、適当に避難して下さい。
       ③深夜~未明の高歌放吟はご遠慮下さい。
       ④会場および駐車場内では、ルールとマナーを厳守して下さい。
         守れない方は即時ご退場願います。
・追記--① 取材される方は、事前に申請して下さい。
       ただし媒体内容を検討し不許可とする場合があります。
       ② 現地で野宿可能です。トイレはありません。
      ③ 水道はありませんが、美味しい湧き水や井戸水を案内します。
      ④ 各自椅子か筵、ブルーシート等をご持参下さい。
      ⑤ 飲料、食料、調理機材は各自でご用意下さい。
       薪(有料)は豊富にあります。
       差し入れ大歓迎です。
       ⑥ 酌婦、ホステス、コンパニオン、メイドはおりません。
         必要な方はご自身でご手配願います。
         ※酌婦、ホステス、コンパニオン、メイド役の女性は大歓迎です。
       ⑦ 試乗車輌には屋根もドアもありません。
         充分な防寒準備をお願いします。
       ⑧ 商品の購入希望者が複数の場合は、競りかジャンケンで決めます。
       ⑨ブース出店(有料)を希望される方は、事前にお問い合わせ下さい。
    ※私をサポートしてくれるスタッフ2~3名も同時募集します。
      手間賃は時給900円相当の現物支給ですが、ナイショの特典があります。

 先月の読者会見同様、好評なら次回も考えます。廃盤となっているCCVビデオ各種、ステッカー、謎の複製本、ランクル40系やジープ50系等四駆のカタログ、ジープ関連外国書籍、絶版パーツなど好事家の「お宝」商品が多数あります。

 ヤレたJ3や参加者の車輌を囲み、楽しい話題で盛り上がりましょう! 申込方法①~⑭を見て「あれっ?」っと感じた方、たがみよしひさ作品ファンは参加資格があります。
 なお、拙宅「秘宝館」は常時公開中(入館料500円)で、所蔵品の閲覧・販売に対応しています。興味のある方は、090-2562-1374(「ジゴロに意味なし」と覚えて下さい) にお電話の上、来訪日時をご予約下さい。

J3改MB風 復活。 

 取り急ぎ報告をば。
 昭和44年式三菱ジープJ3RMB軽井沢シンドローム仕様、本日公道復帰セリ。

J3改MB風 復活。20171016-01
▲車検に合格し、めでたく公道復帰したJ3(R)改MB風軽シン仕様。34年以上に亘る良き相棒。



 いやぁ、フロントウインドウ左右ともヒビがあり車検に通らないと知った時、MB/GPWの特徴でもあるスライドウインドウフレームが錆びて使い物にならないと知った時は、どげんしようかと思うたわ。
 しかし、蛇の道は蛇。必要な部品は、ある所にはある。フレームもODスプレーも。ウェザーストリップまでは手が回らなかったが、とりあえず走れる状態に復活。機関絶好調。

J3改MB風 復活。20171016-02
▲信頼出来る整備工場にて。既に左右フェンダーミラーが補修されている。ドラムブレーキが1ヵ所も貼り付いていなかったのは幸いだった。

J3改MB風 復活。20171016-03
▲ヒビが入ったガラスと、朽ちたスライドフレーム。経年劣化したウェザーストリップは、ただの黒い塊。

J3改MB風 復活。20171016-04
▲車検を取得し、いざ公道へ。ウインドウウッドバンパーを探さなくっちゃ。



 この車輌を見たい乗りたいといった類の奇特な方もおられるらしいので、イベントとしてオーナーの解説付き「試乗会」をやってみようか。
 候補日は11月11~12の2日間、場所は焚き火屋第3置き場、参加費1名3,000円か。え? 高い?? だってさ、これから送られて来る請求書の額面が不明なんだもん。高額納税車だし。そもそも高いと思うなら参加しなければ良いだけのことで、これはCCV誌創刊時の基本姿勢と何ら変わらない。
 4×4 MAGAZINECCV誌に登場し、同じオーナーの元で現役の車輌はコイツだけじゃないかな?

今年も出店します。で、急募。 

 11月3日(祝)開催される小川町商工祭に、ブランド古着をメインで扱う古物商として出店します。ジャンルはアウトドア、カジュアル、デニム、セーター、カーディガン、ジャージ、ミリタリー、作業服など、男女を問わず揃えていてレア物もあり、下北沢の古着屋さん並みかも。ただし問題が・・・。
 当初予定していたお手伝いさんたちが、なぜか皆、諸事情により参加出来なくなったため私1人となり、出店そのものが危うくなっています。どなたか手伝って戴けませんか? 
 最低でも1人、まともな助手が欲しいのです。出来れば3人。賃金は最低時給860円~で、どこまで上がるかは本人の働き方次第。ただし、支給は日本銀行発行通貨・紙幣と限らず、本人の希望により現物(古着ミリタリーアイテム、昭和レトロ古物、山林作業用品、丸太、薪、四駆パーツ、四駆雑誌、漫画、裸婦写真集、直筆サイン色紙など)となる場合があります。「躰で払え」と言われた場合は、女性限定とした上で考えさせて下さい。心と用具(え?)の準備が必要です。杞憂か。

商工祭チラシ02

 
 問題は、これだけではない。
 主催者である小川町商工会は常に耳から上の中身がお花満開なので、会場と来客用駐車場が遠いのだ。ちなみに出展者用駐車場はすぐ近く。私のような販売業者にとってはモノを売るイベントなのに、来訪客が何かを買って持ち帰るという発想に至らないあたりが、いかにも小川町らしい。
 これじゃあ来る客も来ねーよ! そもそも小川町自体の知名度が低いのに。地元の方々は有名だと思っているからおめでたい。
 当然、このイベントに関する町外での認知度はほぼゼロ。当欄が集客に役立てるとは思えないし。

 まぁ興味のある方はぜひ足を運んでみて下さい。どんな業種が出店されるのかは把握していませんが、飲食ブースは美味しいしレアアイテムと知識が豊富な呉服屋さんは一見の価値アリでしょう。
 10年間で人口が3.8万人から3万人に減って高齢化が進み、滅びの過程にある町姿を見るなら今のうちです。バカ高い固定資産税を吸い上げるためなのか、すぐ更地に、間もなく草叢になっちゃうから。

 そんな町でも行政やイベント主催者が知らない見所が沢山ありますし、住むにも良い場所です。

平成29年度 繁忙期突入。 

 当欄の更新が滞るのは、私のが重く書く気力すら失くしているか、逆にから抜け忙し過ぎて書く時間がないか、のどちらかだと察して戴きたい。長く続けている当欄読者であれば、この点は承知しておられるだろう。
 で、今の私は明らかに後者。体があと3つ欲しくなるほど忙しい。両親介護に取り組み始め仕事量を抑えてからの空白期間約2年分を埋め、取り戻そうとしているのだから、当然と言えば当然だわな。
 ジャンルが異なる複数の仕事を同時にこなしている様子は、端から見ると異様だし、医療関係者からは「典型的な多動症状」と誹られるが、社会人となった4×4 MAGAZINE時代からダブルワーク、トリプルワークも当たり前だったので、私としてはこれで平常。およそ20ぶりに会ったり電話で話した複数の知人から「昔に戻った」と喜ばれ(?)た。
 そう、元来の私は病だったのだ。

平成29年度 繁忙期突入。20171008-01
平成29年度 繁忙期突入。20171008-02
▲富山行きの用事があったので、高岡まで足を伸ばして軍用車輌エッセイストの中村一生さんと20数年ぶりに再会。お互いの姿が変わっていたため、待ち合わせ場所で行き違う珍事も。ジムニーSJ30Fとは、こりゃまた稀少なモデルで粋だこと。SJ30Vより生産コストが高かったのにほとんど売れなかった絶滅種。



 先週開いた四駆誌関連トークイベントの参加者は4名だったが、全員が喜んでいたようだし、内容も良かったと自画自賛。
 4×4 MAGAZINEに関しては、その場にいた人間しか知らないこと、CCVに関しても石川さんと私しか知らないことや書類を披露したので、驚かれたかも知れない。

平成29年度 繁忙期突入。20171008-03
▲懐かしい冊子を手に、参加者4名+1で交流会。四駆誌、、山道具、古着、仲間、etc。社会に出てから今に至る私が、この場にある。画面右下は、都合で参加出来なくなった滋賀の友人Y村氏から差し入れられたどん兵衛W。



 急成長したフォーバイフォーマガジン社が、とある事件で存続の危機にあったこと。校了したCCV誌vol.1が、実は発行出来ない危機にあったこと。
 たった27~30年前の出来事でも、興味のある方にとっては貴重な話になったのではないかと思う。第三者の伝聞ではなく、生活を賭けていた当事者の体験談だから。

平成29年度 繁忙期突入。20171008-04
▲あえて今風の言葉を使おう。今なら間違いなく炎上した別冊。ですよね? S田さん。
後に起きた事件を思うと、これは勘違いの序章だった。



 長雨が明け、朝夕に秋の空気が感じられるようになって以降、を買い求めに来るお客さんと予約の電話が増え、その対応をしながら森の整備として伐採現場に出かけ、良質な原木を確保・搬入する。刈り払いもやるし、枝処理もやる。

平成29年度 繁忙期突入。20171008-05
平成29年度 繁忙期突入。20171008-06
平成29年度 繁忙期突入。20171008-07
平成29年度 繁忙期突入。20171008-08
▲伐倒後、簡単に処理された枝を引き出し、用、棒用、林内で朽ちさせる原木、チッパーシュレッダー用に仕分けて、少しずつ森を整理する。小型チェーンソー、中型チェーンソー、刈払機、山用鳶、ガンタがあると、作業が捗る。森の中での作業は、精神面でも効果的。誰か手伝って!



 暗くなったら、左耳と肩に携帯電話を挟んだ状態でPC画面と睨めっこ。Exelデータを作製しながら一太郎とWordとOutlookで文章表現指導をしていたり・・・。
 全部1人で。もちろんPhotshopやPublisherも起動状態。寸暇が惜しい。

 多考と多動が連動した状態は、博打そのもの。思いつきによる行動は控えるべきだが、その時は失敗だと思っていても月日が経てば変化する。
 例えば、2年前から仕入れ始めたブランド古着類は、ここに来て正当な価値で評価する方が現れ始めた。「これ、凄い」と。一部とはいえ、正直に嬉しい。

平成29年度 繁忙期突入。20171008-09
▲U.S.ARMY 1970年代のウッドランドM65 S-S、LEVI'S 503XX 復刻ヴィンテージ 赤耳 Big-E、鮮やかなISSEI MIYAKEのカットソー、冬場キャンプの焚き火に最適 GAPのコットンジャケット。倉庫の中にはPUMAや寅壱も眠っている。



 失敗やイヤな思いも多々あるが、全体的には良い流れと言えよう。警戒すべきは、上がり過ぎること。今、適度な鎮静剤が手元にないし、注意を促す「監視役」もいないのだから。
 そうそう、多考ついでに書いておこう。私の現状を「承認欲求」と呼ぶ方々には、こう切り返したい。「そういうあなたの言動こそ、承認欲求ではありませんか?」と。

仲間との別れ。 

 今年の5月あたりから、焚き火屋開業当初からのお客さんで森臨隊の主力活動会員でもあるS氏と連絡が取れなくなっていた。連絡mailが戻って来たので電話をかけたところ、「おかけになった番号は現在使われておりません」。
 一体何があったのだろうと、不思議に思っていた。携帯電話の番号とアドレスを変えたとなると、犯罪被害にでも遭われたのだろうか。

 先週の土曜日(9月23日)、所用で群馬へ向かっている途中、登録されていない番号から着信。かけて来たのは、S氏の奥方だった。今シーズン焚けるを配達して欲しいと言う。
 おかしいな。S氏は積極的に材を集めていたし、焚き火屋のイベントや森臨隊の活動にも欠かさず参加していたから、充分なストックがあるはず。音信不通の点も含めて、どうされているのか問うと、少し間を置いてから、
「5月に亡くなりました」
 と、泣き崩れそうな声が。
 一瞬、言葉を失った。えっ!? 亡くなった?? 冗談にしては演技が過ぎますよ。
 
 勤務先の健康診断でS氏に骨髄性白血病が見つかったのは、今年の2月。50代の若さと体力が災いしたのか急速に進行し、2ヵ月後に入院。やがて意識がなくなり、治療と看病の甲斐なく5月中旬に旅立たれたらしい。現実とは、とても残酷だ。

仲間との別れ。20170929-01
▲刈払機の安全講習を受けた後、森臨隊の活動現場で練習するS氏。まだ覚束ないが、アドバイスは聞き逃さなかった。My刈払機も購入し、将来的には林業でも働けることを考えていたらしい。



 S氏は、謎多き人物だった。いつもかすかに笑っているのだが、その表情からは本心が読めない。危険な時など、怒鳴りつけたり私らしい嫌味もたびたび言ったが、それでも次に参加される。
 海外から取り寄せた専門的な書籍や道具を嬉しそうに見せてくれたりもした。アイデアマンで、自分で研究・作製した道具を披露することもよくあった。その道具の弱点を指摘すると、改良版を見せてくれたり・・・。

 電話の翌々日、受注したを積み香典持参でS氏宅へ弔問。奥方から集めに関する様々なお話を伺い、いくつものエピソードを交えS氏が私たちとの集めや山仕事を楽しんでいたとを知らされた。
 そうか・・・、あの笑顔に裏はなかったのか。どうして気づかなかったのかと、悔やんでも悔やみ切れない。
 白木の仮位牌に墨書きされた日付から、四十九日は過ぎているのに、笑顔を見せる遺影の後ろにはまだお骨が残っている。遺された奥方の心境は、私が察するより遙か深くの悲しみにあるだろう。

仲間との別れ。20170929-02
森臨隊の活動に参加して、持ち帰り分のをその場で割るS氏。実に楽しそう。使用している薪割りハンマーは、S氏が米国から試験的に購入したもの。私と同じく、興味を持ったら買って試すスタンスだった。



 商品を納めた手製の薪棚には、薪棚作りで誰もが抱える悩みを解決する素晴らしいアイデアが施されていた。ご自宅の周辺にも、S氏らしいアイデア工作品が溢れている。
 別の薪棚には、軽トラ2台分の玉切り丸太が。樹種と形状から、おそらく後回しにしたもの。この太くて厄介そうな玉を割り、焚ける状態にして元の棚に戻すのが、私に出来るせめてもの供養に思えた。
 納戸の中には、焚き火屋で購入されたチェーンソーや薪割り各種、海外から取り寄せたアイテムや、自身で作られた道具、作ろうとしていた資材等々。S氏がいかに薪作りやD.I.Y.を楽しんでいたかを物語っている。
 これらの道具は私が相場より高く買い取り、然るべき方々に売却し、一部は森臨隊の活動に生かそうと考えている。Sさん、それで良いですよね?

仲間との別れ。20170929-03
▲納戸の中にあり奥方には用途不明のティンバージャック(ログピッカー)を、現場にて早速活用。地面に潜り込んだ伐倒木の、安全かつ効率の良い玉詰め作業に役立つアイテム



 彼岸に渡ったS氏は、奥方を見守りながら此岸では生かせなかった彼らしいアイデアを発揮しているに違いない。
「コモダさん、この人の棺桶は良い木が使われてますよ」
 S氏の声が聞こえて来そうだ。

懐古週間。 

 歳を重ねて弱った老人を元気づけるには、青春期の話題に振ると効果がある。今の私は、自分に対して無意識にこれを施しているのかも知れない。

 「秘宝館」来訪者と一緒に、あっちをガサガサ、こっちをゴソゴソしていた時、存在すら忘れていた懐かしいアイテムが発掘された。
 それが、これ。CCV創刊時に作られた電車中吊りポスター! 

懐古週間。20170925-01
▲誰が作ったか知らないが、ベース画となるCJ3Aは、実は逆版。これでも校正担当編集者が「硬派」に読点(。)を加えてタイトルを引き締め、同時に右広がりにして何とかレイアウトバランスを整えている。元自宅の仕事部屋「ワークコクピット」に貼っていたもので、記憶を辿ると、引っ越す際に丸めて他のポスター類と一緒にしまっていたようだ。この際だからと、柄にもなく枠に収めて記念撮影。



 このポスターにも、書き始めたらキリがないほどエピソードがあり、石川さんも私も、いつ、どの路線で、何日間掲載されたのか知らなかったし、何枚刷られたのかも知らなかった。
 そして、なぜ私の手元に1枚だけ残っているのか・・・。

 来週の「会見」までに、どれだけ思い出せるかな??